このブログでは主に戦国時代・第二次大戦に関しての記事を書き綴っています。
戦国史・第二次大戦史・面白戦国劇場など
↑中央に白旗城
白い看板の後方の山が、白旗城です。左の方に民家が見えますが、その付近に登山口があります。
↑岩だらけの登山道
ごつごつした非常に険しい山道で、所々で休憩しながら登っていきました。500ミリリットルの飲み物を持っていきましたが、足りなかったです。 赤松円心を攻め立てた新田軍も苦労した事でしょう。白旗城自体が峻険な上に、山上部からこの様な岩石を放り投げられたでしょう。
↑石垣
これは、戦国期に作られたものだと思われます。
↑堀切
写真では分かり難いですが、かなりの切れ込みでした。
↑櫛橋丸跡
高台にある曲輪です。
↑櫛橋丸からの眺め
麓を流れる川は千種川
↑三の丸跡
山上部はかなり広いです。
↑三の丸にある土塁跡
本丸偏へと続く。
戦国時代の武将で、実力がありながら、あまり名の知られていない人物を、簡単な略歴と共に紹介したい。
八柏 道為(やがしわ みちため / ?~1595年)
出羽の戦国大名、小野寺家に仕える重臣であり、知友兼備の将と云われていた。出羽の狐と呼ばれた謀将、最上義光は小野寺領を虎視眈々と狙っていたが、それを防いできたのが八柏道為であった。天正14年(1586年)、有屋峠において、小野寺軍と最上軍が激突した際、八柏道為の活躍によって緒戦は小野寺軍の勝利に終わったと云う。この合戦の詳細は明らかではないが、最後は最上軍優勢の形で終わったようだ。
この後も、最上義光は小野寺領を併呑せんと狙い続けるが、その目的のためには八柏道為の存在がどうしても邪魔であった。文禄5年(1595年)、義光は一計を案じ、道為が内通しているとの偽書を送り、それを主君の小野寺義道の目に留まるようにしむけた。はたして、義道はこの計略に引っかかり、道為を殺害してしまう。小野寺家の衰亡は、この忠臣を失った時から始まった。以後、義光は事あるごとに小野寺領を蚕食していった。
慶長5年(1600年)、関ヶ原合戦において、義道は緒戦は東軍側に身をおいたものの、義光憎しの一心から西軍に鞍替えしてしまう。関ヶ原合戦が東軍勝利に終わると、小野寺家は御家取り潰しとなり、義道は石見、津和野の地に配流の身となった。知勇兼備の将と謳われた八柏道為が存在していれば、また違った展開があったのかもしれない。ただ、八柏道為の人物像と活躍は「奥羽永慶軍記」と云う軍記によるところが大きく、それが史実であったかどうかは定かではない。
梅津 憲忠(うめづ のりただ / 1572~1630)
少年時代は浪人であったが、父、道金と共に常陸に移り住み、佐竹家の世話になるようになる。その間、憲忠は自らの研鑽に努め、後に開花する高い政治的素養を培った。やがて、佐竹義宣の近習に取り立てられ、その高い実務能力を買われて祐筆となった。憲忠は、初期佐竹藩の確立に尽力し、義宣の篤い信頼を受けて家老にまで出世する。
憲忠は実務だけでなく、馬術や鉄砲にも長ずる武功の士でもあった。大坂の冬の陣では、奮戦して重傷を負っている経歴もある。また、連歌や書道にも深い造詣がある文化人でもあった。弟の政景も優れた実務能力を有しており、兄弟揃って、佐竹家の藩政を主導した。弟の政景は、近世初期の資料として最良のものとされている、梅津政景日記を残している。
大縄 義辰 (おおなわ よしとき / ?~?)
常陸の戦国大名、佐竹家に仕えていた武将であり、佐竹義重の子息、盛重が会津の戦国大名、蘆名家を引き継ぐに当たって、共に会津に出向した。新しく蘆名家当主となった盛重であるが、まだ年少である事から、義辰がその後見役として実務を執った。義辰には、佐竹義重の意を汲んで、蘆名家を主導する事を期待されていた。
天正17年(1589年)、蘆名家は、伊達政宗と事を迎える事となり、両者は摺上原に於いて激突する。この時、蘆名先手衆の指揮官を務めたのが、佐竹系筆頭であった大縄義辰だったようだ。義辰ら蘆名先手衆は奮戦したものの、後方の蘆名部隊は戦いに参加しなかったので、衆寡敵せず伊達軍に打ち破られてしまう。蘆名家はこの戦いで滅亡し、盛重と義辰は常陸へと逃れた。義辰はその後、朝鮮出兵に伴って、肥前名護屋に在陣したり、水戸城の普請奉行を務めたりした。生没年は不詳である。
龍造寺隆信は、天文15年(1546年)に18歳で家督を継いでから、悪戦苦闘しつつも、肥前において、徐々に頭角を現しつつあった。龍造寺氏の勃興は、隆信の力量あってのものだが、優れた家臣の力によるところも、また大きかった。その中でも、鍋島清房は家臣の最有力者にして、最大の忠臣であった。また、その息子である、直茂は俊英との誉れが高かった。そこで、隆信の母、大方殿(慶誾尼)は、龍造寺家と鍋島家との結び付きを更に強めんとして、清房にある縁談を持ち掛けた。清房の妻は、天文18年(1548年)に亡くなっていた事から、大方殿はその後妻に、龍造寺家の器量良しを紹介しようと持ち掛けたのである。
大方殿 「清房殿、わしが器量良しの女子を紹介して進ぜよう」
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清房 「なんと!このわしに嫁を紹介して頂けるのか!?大方殿のお眼鏡にかなった女子なら問題ない。この縁談、有難くお受け致す」
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| `ー'´ | うむうむ!
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清房 「器量良しの花嫁、早く来ないかな~」
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| `-=ニ=- | きっと、若くて綺麗なんだろな
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弘治2年(1556年)、鍋島清房の元へ、花嫁が到着した。だが、その花嫁とは、48歳の大方殿その人であった。
大方殿 「はいよ、お待たせしました。私が器量良しの花嫁ですよ。あ・な・た」
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清房 「おっ、大方殿!!」
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当主の母が、その家臣の下へと嫁ぐ。諸人からは、その破天荒な行動をそしる声も挙がったが、大方殿は意に返さなかった。こうする事によって、龍造寺家と鍋島家が固く結びつくと共に、直茂が隆信の義弟となり、その力を尽くさせる事になると信じていたからである。
肥前のクマさん 「直茂よ、これよりは我が義弟として、大いに働いてもらうクマー」
∩___∩
/ ノ \ ヽ
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彡 (_●_) ミ 頑張れば褒美に
/、 |∪| ,\ シャケをあげるクマー
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("___|_`つ
直茂 「ふざけんな!何で俺が、クマを義兄キと呼ばなきゃなんねーんだよ!」
.,..-──- 、
r '´. : : : : : : : : : :ヽ
/.: : : : : : : : : : : : : :: ヽ シャケなんかいらねーよ
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{:: : : : : :i ,;ノ;´:`ゞ、i: : :.:} ∩─ー、
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ヾ: :: : :i r‐-ニ┐| : : :ノ| /(入__ノ ミ
ゞイ! ヽ二゙ノ イゞ,.‐rニ(_/ ∪ノ
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/ /⌒ヽ \//ヽ 二} \_
/ / / \//\ ヽ/ :、
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| \/ /lヽ ヽ /.| i' i
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肥前のクマさん 「ははは!本当に生意気で可愛い義弟クマー!」
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| ノ ヽ ∫ 愛い奴!
/ ● ●| riii= 愛い奴!
| ( _●_) ミ「 ノ
彡、 |∪| 、`\
(⌒ ヽノ r⌒ ! 〉
ヽ弋 (` ー'
〔勿\ ヽ _ /- イ、_ ベキ
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ドカ ドカ / ! |' /: : : : ::;:;: ;: ;:;: ; : : : ::ゝ ボキ
ドカ / /| l| {:: : : :ノ --‐' 、_\: : ::}
( く ! ~l {:: : :ノ ,_;:;:;ノ、 ェェ ヾ: :::}
ドカ \ i | ∥ l: :ノ /二―-、 |: ::ノ ぴぎゃあ!
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⊂ _ ⌒ヽ从 ⊃〉(_二─-┘{/ ̄⊃
直茂 「やりやがったな、こんにゃろー!」
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&. : : : : : : : : : ミ〈⊃ }
ミ.: : : : : : : : : : : : : : | |
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三 : : : :i ;;;/:' '⌒' i: : : | | | ノ --‐' 、_\
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{ : : : :|ヾ ,.、 |:: : : :; ! / ’,∴ ・ ¨ | ( _●_) ミ
/ ヾ: :: :i r‐- ┃┐.| : : :ノ/、・∵ ’ 彡、 |∪| ミ
/ __ゞイ!ヽ┃ニ゙ノ イゞ‐ / ヽノ ̄ヽ
(___) /`' / /\ 〉 ぐはあっ
ドゴオッ!
肥前のクマさん 「このクソ生意気義弟!喰らえクマーっ!!」
直茂 「うるせーっ!この馬鹿グマ義兄キィ!!」
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/: : : : ::;:;: ;: ;:;: ; : : : ::ゝ
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| ノ u ヽ__ {:: : :ノ ,_;:;:;ノ、 ェェ ヾ: :::}
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| (_●_) u ⊂ノ_______| //  ̄7/ /::ノ’,∴ ・ ¨
彡、 |∪| ミ______ノ 〉〉〉〉(_二─-┘{/ 、・∵ ’’ ・ヽ
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、・∵ ’__ / / // |//\ 〉
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ドガアッ!!!
大方殿 「2人共、本当に仲が良いのう。これからは一致協力して、戦国の荒波を乗り越えていくんじゃぞ」
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∧. ,,ノ(、_, )ヽ、,, l ふふふ
/ キ `-=ニ=- ' /ヽ、
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ちなみに鍋島清房と、大方殿との夫婦関係は仲睦まじいものであったとか。
天正13年(1585年)、鍋島清房が死去すると、大方殿は落飾して慶誾尼と号する。この女傑は通称、慶誾尼と呼ばれる事が多い。天正15年(1587年)、豊臣秀吉による島津攻めの際には、慶誾尼は秀吉宛てに酒肴を送って陣中見舞いをし、さらに盛大な炊き出しをして、秀吉軍を供応した。秀吉はその気配りに「さすがは、龍造寺後家よ」と云って感嘆し、礼状を送って感謝の意を伝えた。慶誾尼のその人となりは、天下人も認めるところであった。
九州の戦国大名、龍造寺隆信には鍋島直茂と云う股肱の臣がいた。直茂は知略に優れるばかりか、抜群の武勇も誇る器量人であった。直茂は龍造寺家兼の娘を母としており、隆信とは従兄弟にあたる。そういった縁もあって、年少の頃から隆信の近習として仕えており、その信頼は篤かった。
肥前のクマさん 「直茂~、シャケがないぞ~ シャケを持ってこ~い!」
_ ,-、 _ ,ヘ ウ~イ ヒック
/ `i .ノ / ヽ /. i
_人_.ノ/ | _,,ゝ-──- ,,_ ヽ、
/ ll ,|ノ ヽ 〈〈〈〈 ヽ
/ |!、 i ● ヽ 〈⊃ }
/ ./ ヽ./ ● (_●_ ) * ミノ` , ;
./ /i { * ヽ lヽ、__. j´ j
!. / l. 彡、 ヽj`ー、_ `ー、 /
ヽ、 / ! ヽ `ー-'
直茂 「クマのくせに人様に命令すんじゃねーよ。木の実でも食ってろ」
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/.: : : : : : : : : : : : : : ヽ
,!::: : : :,-…-…-ミ: : : : :',
r、r.r {:: : : : :i '⌒' '⌒'i: : : : :} はぁ?何か言った?
r |_,|_,|_,|{: : : : | ェェ ェェ|: : : : :}
|_,|_,|_,|/.{ : : : :| ,.、 |:: : : :;!
|_,|_,|_人そ(^i :i r‐-ニ-| : : :ノ
| ) ヽノ |イ! ヽ二゙ イゞ
| `".`´ ノ\ ` ー一'丿 \
人 入_ノ \___/ /`丶´
/ \_/ \ /~ト、 / l
肥前のクマさん 「お前、クソ生意気クマー!ちょっと教育してやるクマーーーっ!!」
_ /- イ、_
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l⌒)OOo /: : : : ::;:;: ;: ;:;: ; : : : ::ゝ
∩___∩ { ) ) {:: : : :ノ --‐' 、_\: : ::}
| ノ ヽ | ::::::/ {:: : :ノ ,_;:;:;ノ ////ヾ: :::}
/ ● ● | / ::::| 、 l: :ノ /二―-、 |: ::ノ
| ( _●_) ミ/ ) ,,・_ | //  ̄7/ /::ノ
彡、 |∪| / / ̄, ’,∴ ・ ¨ 〉(_二─-┘{/ ぐぇあああ!
/ __ ヽノ / / 、・∵ ’ /、//|  ̄ ̄ヽ
(___) / / / // |//\ 〉
ドゲシッ!
直茂 「覚えてろよ・・・いつか剥製にしてやる・・・」
,..||-ノ─ソ彡
&. : : : : : : : : : ミυ
ミ.: : : : : : : : : : : : : : 〃个
,!::: : : :,-…-…-ミ: : : : :',u
.三 : : : :i ;;;/:' '⌒' i: : : : :}
{:: : : : |:::+;;; (;;;_ .|: : : :}
, 、 .{ : : : :|ヾ ,.、 |:: : : :;! 畜生なだけに
ヽ ヽ. _ ...ヾ: :: :i r‐- ┃┐.| : : :ノ ちくしょう・・・
} >'´.-!、 ゞイ!ヽ┃ニ゙ノ イゞ‐′
| -! \` ー一'´丿 \
ノ ,二!\ \___/ /`丶、
/\ / \ /~ト、 / l \
/ 、 `ソ! \/l::::|ハ/ l-7 _ヽ
/\ ,へi ⊂ニ''ー-ゝ_`ヽ、 |_厂 _゙:、
∧  ̄ ,ト| >‐- ̄` \. | .r'´ ヽ、
,ヘ \_,. ' | | 丁二_ 7\、|イ _/ ̄ \
i \ ハ∟ |::::|`''ー-、,_/ /\_ _/⌒ヽ
隆信の母、大方殿(慶誾尼 けいぎんに)は直茂の器量を見抜いており、その主従の絆を更に強めたいと考えていた。
直茂 「武士道とは死に物狂いなり!(葉隠によれば、直茂が述べた言葉とされる)」
,..-──- 、
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/.: : : : : : : : : : : : : : ヽ
,!::: : : :,-…-…-ミ: : : : :', ____
{:: : : : :i '⌒' '⌒' i: : : : :} /
.{:: : : : | ェェ ェェ |: : : : :} < クマを狩ってやる!
{ : : : :| ,.、 |:: : : :;! \____
ヾ: :: :i r‐-ニ-┐ | : : :ノ
__ゞイ! ヽ 二゙ノ イゞ‐'__
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大方殿 「この者こそ、龍造寺家の柱石となるであろう」
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ヘ ヽ;; (●), 、(●)、.::;; ノ わしの目に狂いはない
∧. ,,ノ(、_, )ヽ、,, l
/ キ `-=ニ=- ' /ヽ、
./ ヽ 、 `ニニ´ / ヽ
/ ヽヽ、_ ___ / |
`\\//
肥前のクマさん 「母ちゃんの目も、随分悪くなったもんクマー。母ちゃんも、もう年クマー」
∩___∩
| ノ ヽ-'''''';、
,,.....-| ● ● | ) ふ~やれやれクマ・・・
”” ; | ( _●_) ミ §
;; 彡、 |∪| 、`\__===・
; / __ ヽノ /´ ――┴;;
; (___) | ―――'"
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄) ,,..-'''⌒;, /
 ̄ ̄ ̄ ̄ / ,,..-.';;-' |
( ,,...-''";;., ";,..-'"
|"”” _,.-|; ;|
|_,,...--''" "'-''"
―――――'"
大方殿 「隆信殿、黙らっしゃーーーい!!!」
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l;;;;;;;;;;' ノヽ .;;;;;;l
k;;;;;;;' ⌒''ヽ,,,)ii(,,,r'''''' ;;;;;l 毛皮にしちまうよ!
ヘ ヽ;; ン(○),ン <、(○)<::;; ノ |`ヽ、+
∧. `⌒,,ノ(、_, )ヽ⌒´ | .|::::ヽ.l +
/ キ ヽ il´トェェェイ`li r /ヽ、.|::::::i |
./ ヽ 、 !l |,r-r-| l! / .|:::::l |
/ ヽヽ、 `ニニ´/ ,r-|:「 ̄
`\\// ,U(ニ 、)ヽ
人(_(ニ、ノノ
肥前のクマさん 「か、母ちゃん、生意気言ってごめんなさいクマー・・・」
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/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ヽノ ヽ
C.| Y / |||||,,.ノ ヽ、,, |
| y | | ◎ ◎ ミ 母ちゃん、日の本で一番
_| |,,,,,,,,,,,,,,,, | 彡 ( _●_) /` 怖いクマー・・・
§___丿 .|_))) ゝ,、、|∪|,,,ノ
ヽノ