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ハンナ・ライチュが見た、ベルリンの最後 終

ここから日にちを、4月29日に戻す。グライムとライチュは、ベルリンを飛び立ってから50分ほどして、レヒリンに到着した。だが、そこもソ連軍機の攻撃を受けており、着陸はそれを掻い潜ってのものとなった。到着すると、グライムはすぐさま、ヒトラーの第一の命令を果たすべく、現存する航空機の全てを、ベルリン救援のために向かわせた。これらの航空機はベルリンの包囲網内に補給物資を投下し、現地のドイツ軍はパンツァーファウスト十発余、砲弾十数発、医薬品を少々、受け取った。しかし、ソ連軍数十万人に対しては、何の意味も無かった。


それから、グライムとライチュは、ヒトラーの第二の命令、ヒムラーの逮捕を果たすべく、プレーン(ドイツ北部の都市)に向かった。5月1日、プレーンにて、海軍元帥カール・デーニッツを首班とする新政府が発足する。そして、同日夜半、グライムとライチュは、ヒトラーが自殺した事を知った。5月2日、グライムは新政府の会議に参列し、ライチュはその外で、ヒムラーの来着を待った。ヒムラーは遅れて姿を現し、ライチュもその姿を認めて、彼を告発すべく質問を投げかけた。



ライチュ、「全国指導者閣下、あなたが連合軍と接触して、ヒトラーの指示無しに講和を申し入れたと言うのは本当ですか?」


ヒムラー、「勿論ですとも」


ライチュ、「あなたは最も困難な時に、祖国と国民を裏切ったのです。これは国家的な裏切りです、全国指導者閣下。あなたがそれをするのは、地下壕で総統と共にいなければならない時だったはずです」



ヒムラー、「国家的裏切りだって?それは違う!歴史が違う評価を付ける事が、あなたにも分かる事でしょう。ヒトラーは戦争を続けようとしていた。彼は誇りと名誉に憑かれて、気が変になっていた。彼はまだ、ドイツの血を流そうとしていたが、もう血など残っていなかったのだ。ヒトラーは気が変になっていた。こんな事はずっと以前に終わりにするべきだったのだ」



ライチュ、「気が変になっていたですって?私が彼の所から出てきて、まだ36時間も経っていないのですよ。彼は自分が信じる事業のために死んだのです。彼は、あなたの言う名誉に包まれて勇敢に死にました。ところがあなたやゲーリングなどは、裏切り者、臆病者のレッテルを張られて生きていかねばならないのです」



ヒムラー、「私は自分に出来る事をした。ドイツの血を救うために。私達の国にまだ残っているものを救うために」



ライチュ、「全国指導者閣下、あなたはドイツの血と言っているのですか?あなたは今、それを言うのですか?あなたがそれを考えねばならなかったのは、何年も前の事です。あなたがこれだけの量の無益な流血を我が身のものと感じるよりも、前の事なのです」



突然の空襲によって、会話は中断された。ヒムラーは親衛隊の全国指導者にして、全ドイツ警察長官であり、今だ隠然たる勢力を保持していた。デーニッツのもとにも、ヒムラー逮捕命令が届いていたが、彼の力を警戒して、州の行政長官の地位を授けるに到っていた。なので、ライチュに出来るのは、ここまでであった。当時のライチュは知らなかったようだが、ヒムラーは、ユダヤ人虐殺の実行責任者であって、数百万もの人々を死に至らしめていた。そんな男が連合軍に和平交渉を持ちかけたのは、同胞の流血には心を痛めていたのか、それとも単に保身のためにしたのか、それは人々の判断に委ねられる。


5月7日、グライムとライチュは、政府の命を受けてオーストリアの都市ツェル・アム・ゼーに飛んだ。そこにいるアルベルト・ケッセルリンク空軍元帥に、政府の指示を伝えるためであった。しかし、5月8日、ドイツは降伏し、ヨーロッパの戦争は終わった。5月9日、グライムとライチュは米軍に出頭し、捕虜として拘禁された。2人の戦争も、これで終わった。だが、グライムはソ連軍に引き渡されると知って絶望し、5月24日、ヒトラーから受け取っていた毒薬を仰いで自決した。ローベルト・リッター・フォン・グライム、52歳。



ヒムラーは5月22日、イギリス軍の捕虜となったが、翌23日、粗略な扱いに耐えかねて、毒薬を仰いで自決した。ハインリヒ・ルイトポルト・ヒムラー、44歳。ゲーリングは5月7日に米軍の捕虜となり、ニュルンベルク裁判にかけられて絞首刑を宣告されたが、この処刑方法に納得せず、1946年10月15日、青酸カリを飲んで自決した。ヘルマン・ヴィルヘルム・ゲーリング、53歳。ライチュは15ヶ月間の勾留の後に、釈放された。しかし、故郷ヒルシュベルクにいたライチュの父、母、妹、妹の子供達は、ヒルシュベルクのポーランド編入に伴うドイツ人追放を前にして、一家心中を果たしていた。ライチュもまた自殺を考えたが、自らが見てきた真実を語るため、生きる事を決した。戦後、ナチスが隠してきた犯罪行為の数々が暴かれると、それを受けてか、ライチュも、「ヒトラーは、全世界に対する犯罪者として命を断った」と語った。



しかし、すぐにこうも付け加えた。

「彼は、最初はそうでは無かった。初め、彼が考えていたのは、いかにドイツを立ち直らせるか、いかに自国民が経済的不自由なく、しっかりとした社会保障を受けて暮らせるか、ということだけであった。そのために彼は、様々なゲームを行った。最初の危険な賭けに成功すると、賭博者の誰もが犯す間違いに陥った。すなわち、より大きな危険を冒し、それに勝つと、更に大きな賭けに出るのだった。成功する度、民衆の熱狂は高まり、その支持を背景に彼は次の一歩へと進んだ。やがて誇大妄想に憑かれて、ヒトラー自身が変わってしまい、理想主義者、庇護者から、貪欲で腹黒い独裁者に変貌して、自らもその犠牲となった。世界史において、これほどの権力を1人の人間が獲得する事をもう許すべきではない」と語った。


ライチュはこう述べているが、1925年にヒトラーが執筆した、「我が闘争」では、既に反ユダヤ主義と東方進出が述べられている。ヒトラーが政権を握るのは1933年であるが、それ以前から、その侵略的性向は露わとなっていた。ライチュも大勢のドイツ国民と同様、ヒトラーの本質を見抜けず、強烈な個性に魅せられ、その弁舌によって踊らされた一人と言えよう。しかしながら、第一次世界大戦後のドイツ国民は、懲罰的なヴェルサイユ条約や世界恐慌によって苦しめられており、現状を打破せんとするヒトラーに、大いなる期待を抱いたのも無理は無かった。救世主と見なした男が破滅をもたらすなど、極少数の人間を除いて、予想出来なかった。



ライチュは、1912年にドイツ領ヒルシュベルク(現ポーランド領、ドルヌィ・シロンスク県)に生まれ、学生の頃より空を飛ぶ事に憧れを抱き、1932年、グライダーによる初飛行を果たした。1937年、ドイツ空軍の飛行学校に女性として初めて入校し、テストパイロットとなった。1938年には、女性としては初となる、ヘリコプター飛行を行う。1941年3月28日、それまでの飛行試験の功績を讃えられて、ヒトラーより2級鉄十字章を授与された。同年には、ロケット戦闘機Me163の飛行試験を行うが、5回目の飛行試験中、意識不明になるほどの重傷を負い、5カ月間の入院を余儀なくされた。この時、瀕死の身でありながらメモを取っており、尋常ではない意志の強さを見せている。しかしながら、テストパイロットに必要な分析的知性には欠けており、彼女の報告はあまり役立たなかったという声もある。



ナチスはライチュの話題性を買って、大いに宣伝材料とした。そして、ドイツ空軍のあらゆる航空機を操縦する、特別許可を与えた。ライチュもナチスに傾倒したが、党員にはならず、反ユダヤ主義には反対の立場をとっていた。熱烈な愛国心の持ち主で、国家やヒトラーに対して、死をも辞さない忠誠心を持っていた。1944年2月28日には、女性唯一となる1級鉄十字章を授与される。この鉄十字章を、ライチュは生涯、持ち続けた。戦後も空への憧れと挑戦心を持ち続け、1955年にはグライダードイツチャンピオンとなった。1970年代、老年となっても活発に飛行し、女性による飛行滞在時間、飛行距離、飛行高度などの世界記録を次々に塗り替えていった。1979年8月24日、ドイツフランクフルトにて、心筋梗塞で死去。ハンナ・ライチュ、67歳。生涯、独身だった。






↑1941年3月、ヒトラーより2級鉄十字章を授与されるライチュ。中央はゲーリング




↑戦後、1947年に撮影された、総統官邸



主要参考文献、「KGB㊙調書・ヒトラー最後の真実」


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