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ある戦場のエピソード

北太平洋にはアリューシャン列島と呼ばれるアメリカ、アラスカ州に属する、弧状に連なる島々がある。人も通わぬ寒冷地であるが、第二次大戦時には、日米の激闘の地となり、幾つかの逸話を残した。


1942年6月、第二次大戦時日本軍はミッドウェー作戦を発動するに当たって、アメリカ軍の注意を北方に引き付けるべく、アリューシャン列島のアッツ島とキスカ島を攻略した。しかし、肝心のミッドウェイ海戦で、日本海軍は致命的な敗北を喫してしまったので、意味の無い作戦となってしまった。それでも、日本軍はアッツ、キスカ島を保持し続けるが、戦況の悪化に伴って、孤立の度を深めていった。
1943年5月13日、アメリカ軍がアッツ島に上陸して、激しい交戦の後、日本軍2,650名を全滅させて、島を奪回した。このため、キスカ島の日本軍6,000名は完全に孤立し、アッツ島に続く玉砕は確実な情勢となった。 だが、日本海軍は、キスカ島守備隊を何としても救出せんと努力を重ね、木村昌福少将率いる艦隊を派遣して、6,000人の守備隊を奇跡的に無傷で救出した。


キスカ島から日本軍が撤収するまでの間、アメリカ軍は絶え間なく空襲を加えていた。その過程で、1機のアメリカ軍機が撃墜されていた。爆撃を受けて痛い目に遭っていた日本軍であるが、アメリカ軍パイロットの遺体を回収すると、丁重に埋葬した。そして、キスカ島から撤退していく時、日本軍は後から上陸してくるアメリカ軍に分かるように、パイロットを埋葬した場所に、撃墜された日や状況が分かるよう、英文の立て札を立てておいた。

kiska.jpg















↑キスカ島の立て札

英語に堪能な兵士が書いたと思われ、大体の訳は、祖国に命を捧げし若者ここに眠る。日本陸軍。


上記の写真と訳文はこちらHPを参照

http://www.sinzirarenai.com/



もう一つアッツ島にまつわる話を一つ紹介。

アッツ島玉砕後、日本潜水艦がアメリカ軍の動向を探るため、アッツ島付近の海上を浮上哨戒していた。艦橋で警戒に当たっていた艦長と見張り員は、アッツ島上空に青白い炎のようなものを見つけた。ほどなくして、その火の玉はオレンジ色に変わると同時に、急速に潜水艦に向かってきた。あっと言うまに火の玉は、艦の間近にまで接近し、巨大な炎を揺らめかせた。


目の前でそれを見た艦長の背中には寒気が走り、艦に急速潜航を命じた。そして、艦は直ちに海中へと逃れた。しばらく経っても攻撃の気配は無かったので、敵機ではないようだった。艦内で乗員達は、あの火の玉について話しあった。艦橋にあった艦長を始め、見張り員達もあの火の玉を目撃していた事から、皆は口々に、「あれはアッツで玉砕した英霊達であったに違いない」と噂した。





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