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レーニンの遺体

2009.06.22 - 歴史秘話 其の一
ウラジミ-ル・イリイチ・レーニン(1870年4月10日~1924年1月21日)


レーニンとは、社会主義革命の父であり、ソビエト連邦の建国者でもある。1924年1月21日、レーニンは脳梗塞により54歳で死去するが、その後を継いだスターリンは、共産党の偉大さを示すため、レーニンの遺体に防腐処理を施して赤の広場に永久に安置するよう主張した。レーニンの妻ナジェージダ・クループスカヤは、遺体をごく普通に埋葬してほしいと頼んだが、この意向は無視された。スターリンが求めたのは、人々が見てすぐにそれと分かる、生き生きとした神聖な遺体であった。これまでの人類史で、人間の遺体を生きていた時と同じ状態で保存出来た例はなかった。大抵の遺体(ミイラ)は、肉体は残せても色褪せて干乾びた状態になるのが常だった。


この難解な作業に取り組んだのは、生化学者のボリス・ズバルスキーと解剖学者のウラジミール・ヴォロビヨフの2人だった。2人はこの作業が成功すれば、多額の報酬と栄誉が与えられる事になったが、その反面、失敗すれば銃殺刑は免れなかった。2人は異常な緊張感をみなぎらせて、この作業に取り組む事になった。1924年3月、ズバルスキーとヴォロビヨフは、まず大量の化学薬品を取り寄せた。レーニンの遺体は死後、簡単な防腐処理を施されただけであったので、眼窩は落ち込み、顔も歪んで、悪臭が漂い始めていた。作業は急を要し、ズバルスキーとヴォロビヨフは助手達と共に昼夜兼行で必死に働いた。


まず、チームはレーニンの体から内臓を取り出し、体腔を洗い流した。それから体にホルマリンを注入し、さらに念を入れてホルマリンの浴槽に浸した。それから体を引き上げて乾かすと、様々な薬品の混合液に何度も浸け込んだ。そして、着手してから4ヶ月後に作業は完了した。ソビエト政府はレーニンの家族を招待して、遺体を見せた。レーニンの弟は、「兄は息を引き取った時よりも良く見える」と言って驚いた。これを聞いてソビエト政府は安心し、遺体を赤の広場にあるピラミッド型の優雅な霊廟に安置した。


作業の成功で、ズバルスキーとヴォロビヨフには巨額の報酬が与えられたが、ズバルスキーは極度の緊張状態を強いられていた事から、精神に深い傷を負った。ズバルスキーは、腐ったレーニンの体の周りをハエが飛び回っているという悪夢を見るようになった。実際にその様な事になっていれば、彼はスターリンの逆鱗を受けて殺されていたのだ。その後、2人の科学者はあまり幸福な人生を送る事は出来なかった。1937年、ヴォロビヨフはかねてからスターリンに嫌悪感を持っていた事から目を付けられ、不審な死を遂げた。1952年、ズバルスキーは長らく霊廟に勤めていたが、ユダヤ系であった事からスターリンの反ユダヤ主義の煽りをくらって投獄され、ほどなくして死亡した。


1938年、レーニンの妻、クループスカヤが霊廟を訪れた。クループスカヤは、「自分は年を取ったのに、夫は亡くなったその日から少しも変わっていないように見える」と呟き、悲しげに首を振った。彼女が夫の姿を見たのはそれが最後だった。現在でもレーニンの遺体は霊廟のガラスケースに安置されている。遺体は周に二度、腐敗の兆候がないか検査され、一年半に一度、化学薬品の入った浴槽に浸けられる。それから数週間後、レーニンは再び人々の前に姿を現すのである。


reeninn.jpg










↑レーニンの遺体
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