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U-869 終

1991年10月10日、アメリカニュージャージー沖、120キロの海域で、1隻の潜水艦が発見された。これはドイツのUボートだった。艦体は真っ直ぐな姿勢を保ち、基本的にはほぼ原型を留めていたが、司令塔は外れ落ち、艦体には穴が空いていた。アメリカのダイバー達は危険を冒して、深さ70メートルの海底に潜り、潜水艦内部を調査した。彼らは下士官居住区に入ってゆくと、何か白い物を発見した。それは頭蓋骨だった。その周辺にも無数の骨が散らばっていた。さらに前部魚雷室へと入ってゆくと、そこからは次から次に人骨が浮び上がってきた。遺骨の多くは、今でも衣服をまとっていた。凄まじく破壊された発令所から、一番離れたこの場所で、数十名の人間が死んでいた。ダイバー達はUボートに乗り込んだ乗員は皆、20歳前後の若者達であった事を知っていた。ここは若者達の墓場だった。


 
U-869b.jpg





↑海底に沈座するU-869の図解



アメリカのダイバー達が潜水艦を長期間、調査した結果、これはドイツ潜水艦U-869である事が判明した。そして、逆戻り魚雷で最後を遂げた事も明らかになった。ダイバー達は遺骨を荒らさないよう、気を使いながら、幾つかの遺品を持ち帰った。そして、彼らはU-869乗員の遺族を探し出して遺品を手渡し、その最後を伝えようと試みた。


2002年、ダイバー達は、先任士官ブラントの弟、71歳になっていたゲオルクと対面した。ゲオルクは何時間にも渡って、兄ブラントの思い出を語った。兄に連れられて潜望鏡を覗いた事、そして、今でも変わらずに兄が大好きである事を、時折、込み上げてくるものをこらえながら語った。ダイバー達はU-869の遺品である、艦の概略図の入った金属板をゲオルクに手渡した。ゲオルクはそれを指で撫でながら、「信じられない。後生大事にする」と言い、ダイバー達と固く握手を交わした。


ダイバー達は続いて、60歳の外科医、ユルゲン・ノイエルブルクと対面した。彼は艦長ノイエルブルクの息子だった。父が消息を絶った時、まだ3歳だったユルゲンに、父の記憶を思い出す事は出来なかった。しかし、いかに可愛がられ、愛されてきたかという事は母から聞かされてきた。ユルゲンは、母は父を愛し続けて再婚をしなかったと語った。ダイバー達は次にノイエルブルクの兄、86歳になっていたフリートヘルムに会った。フリートヘルムは静かにこう言った。「今、目を閉じて、弟を思い浮かべると、軍務に従事している姿が見えてくるんだよ。弟は自分が戻る事はないと予感していたのだろう。弟は務めを果たした」


翌日、ダイバー達は、76歳の快活な老婦人、ギゼラ・エンゲルマンと会った。魚雷員だったネーデルの婚約者だった女性である。彼女はその後、二度の結婚をし、4人の子供をもうけていた。しかし、人間の人生に真の愛は一つしかなく、その相手はネーデルであったと語った。そして、ネーデルへの思いを夫や子供にも話し聞かせている事、寝室には今でもネーデルの写真が飾ってあり、それを毎日、眺めている事、今まで生きてきて、彼に会いたいと思わなかった日は一度としてなかった事など、延々、数時間に渡って語ったのだった。


ダイバー達が最後に会ったのは、80歳の老紳士、U-869で通信士をしていたグシェウスキーだった。U-869の出港直前、グシェウスキーは肺炎を起こして艦から降りざるを得なくなり、その後、戦争を生き残る事ができた。グシェウスキーは、ノイエルブルクのギターに合わせて歌った事、そして、ブラントの思いやりと笑顔を、22歳にして、乗員達の恐怖や不安を快く受け止めてくれていた事、そして、U-869と仲間達への思いを語った。

「大破して海の底に沈んでいるあの潜水艦を見るのは、私にとってはひどく恐ろしい。私の記憶の中では、あれはいつも新品で力強かったんだよ。そして、私はその一部だった。

私は今でも、仲間達の事が忘れられない。私は神と来世を信じているんだよ。仲間と再会するのは素晴らしいだろうね。多くの若い命が理由もなく奪われた戦争の時代ではなくて、平和な時に彼らに会いたいよ。そういう風に仲間と再会したいなあ」



 
U-869c.jpg











↑U-869と乗員一同

前列右端がブラントで、その隣がノイエルブルク


主要参考文献、ロバート・カーソン著、「シャドウ・ダイバー 深海に眠るUボートの謎を解き明かした男たち」




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