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ハンナ・ライチュが見た、ベルリンの最後 1

1945年4月26日、第二次大戦末期、ドイツの首都ベルリンは、圧倒的なソ連の大軍によって包囲され、破滅の時を迎えようとしていた。市街を守るのは、損耗しきった国防軍と武装SSの残存部隊4万5千人余に、陸に上がった水兵、警察官、ヒトラーユーゲントの少年兵、婦人や老人を含む国民突撃隊4~5万人余であった。それに対して、ソ連軍は150万人余の兵力でベルリンを包囲し、その内45万人余を市街戦に投入した。市民は、4月上旬の時点で300万人余がベルリンに残っており、その相当数が包囲網に捕われた。そんな中へ、ソ連軍は凄まじいばかりの砲爆撃を加える。建物は次々に崩壊し、市民は吹き飛ばされ、街はたちまち瓦礫と死体によって埋め尽くされていった。


兵士や市民達は心身共に疲弊しきっており、最早、敗北は免れないと悟っていたが、それでも戦う姿勢を見せねばならなかった。何故なら、移動軍法会議のSS将校が、脱走兵や、臆病者と見なした市民を捕らえては、街灯や並木に吊るして次々に処刑していったからだ。これらの死体には、「私は卑怯者でした」との札がかけられ、見せしめとして市内の到る所に吊るされた。ベルリンは、この様な惨状をきたしていたが、ドイツの総統ヒトラーはまだ健在だった。だが、彼の直接支配する土地は、最早、市街の中心部を占めるに過ぎず、そこにもソ連軍が激しい銃砲火を浴びせつつ、着実に接近していた。そんな市街戦の真っ只中に、一機のドイツ軍航空機が現れた。その機体はシュトルヒと呼ばれる小柄な偵察連絡機で、2人の搭乗者が乗り組んでいた。1人は、リッター・フォン・グライム空軍大将、もう1人は女性飛行士ハンナ・ライチュであった。


操縦者であるグライム大将は、ブランデンブルク門上空から着陸の機会を窺っていたが、無数の対空砲火を受けて機体の底面をはがされ、右足に重傷を受けた。グライムは意識を失って操縦不能となり、機体は墜落するばかりとなったが、後席のライチュは肩越しに操縦桿を握り、必死に操縦してじりじりと高度を下げ、東西幹線道路に何とか機体を着陸させる事に成功した。そこにもすぐ様、銃砲火が降り注いできたが、ライチュは意識の無いグライムを背負って退避する。そして、ブランデンブルク門を抜けたところで、通りがかった軍の車に拾い上げられ、窮地を脱する事が出来た。車は2人を乗せて、ヒトラーのいる地下壕に向かった。4月26日19時前後、2人は地下壕に到着し、そこでゲッベルス(ドイツの宣伝相)夫人マクダの出迎えを受けた。マクダは、ヒトラーを見捨てる者が多く出ているこの状況で、命懸けで会いに来た2人の勇気と誠実さに、感嘆の意を表した。


グライムはすぐ様、手術室に運ばれ、ヒトラーの侍医の手当てを受けた。そこへヒトラー本人が現れ、グライムに深い感謝を述べると共に、何故、グライムを呼んだのかを説明し始めた。そして、ヒトラーは目に涙を浮かべながら、腹心である、ゲーリングが自らの指示に反して逃亡し、勝手に連合軍と接触を図ったのだと語った。ライチュによれば、この場面は感動的かつ、劇的であったようだ。ヒトラーは、「最後通牒だ!厳しい最後通牒だよ!もう何も残っていない。私は何からも逃れようが無い。忠実な者などいなくなり、いかなる名誉も残っていない。私に降り掛かってきたこんな絶望は、誰も味わった事が無い!」と叫んだ。ヒトラーはしばらく自分を取り戻せず、言葉も発せなかったが、やがて、細い声で、「帝国を裏切ったかどで、ゲーリングをすぐさま逮捕してやる。私は彼の全ての称号を剥奪し、あらゆる職務を解任した。だから君を呼んだのだ。私は、君をゲーリングの真の後継者とし、空軍総司令官に任ずる。ドイツ国民の名において、私は君の手を握ろう」と告げた。


グライムとライチュは、ゲーリングの裏切りという情報にひどく驚かされたものの、ヒトラーの手を握って、「地下壕に残って、ゲーリングによってもたらされた、総統やドイツ国民、空軍に対する大きな災厄を自分達の命をもって償いたい」と申し出た。それによって、飛行士達の名誉、空軍の名誉、国家の名誉が守られると見なしたからである。ヒトラーはその決意に満足し、「君達は残っても良い。君達の決意は空軍史上、決して忘れ去られる事は無いであろう」と言った。この夜、ヒトラーはライチュを自室に呼んで、「ハンナ、君は私と共に死にたいと望む者の1人だ。私達はそれぞれ、こういう毒の小瓶を持っている」と言って、ライチュとグライムのための小瓶を手渡した。そして、「私達の内の誰かが、ロシア人の手に落ちるなど考えたく無いし、彼らによって、私達の遺体が発見される事も望まない。それぞれが、身元を特定される物を残さないように、自分の遺体の処分に責任を持つ。自分で方法を考えてくれ。それをフォン・グライムにも伝えてくれるね」と言った。


ライチュは、ヒトラーが敗北を悟っている様子に衝撃を受け、涙を流して椅子に腰を落とした。そして、ヒトラーにドイツと国民のため、生きてベルリンを逃れ出るよう懇願したが、ヒトラーは最後までベルリンに留まるとの決意を変えなかった。4月26日から、27日にかけての深夜、総統官邸に向けて、初めて大規模な集中砲火が浴びせられた。重砲弾の炸裂音が地下壕の真上で響き渡り、誰もが極度に緊張して、顔を引きつらせた。ライチュは地下壕で過ごしていた時、グライムの看病に追われていたので、他の人々と付き合う暇はほとんど無かった。だが、ゲッベルスの部屋は隣でドアも開け放しであったので、彼の様子は否応なく観察する事が出来た。ゲッベルスの部屋は狭いが豪華な造りで、彼はそこを大股で歩き回っては、ゲーリングに激しい非難の言葉を浴びせかけていた。


次には、演壇に立っているかのように熱弁を振るい始めた。「私達は、己の名誉のためにどのように死んでいくかを世界に知らしめよう。そして、私達の死は、全てのドイツ人にとって、また、友人達にとっても敵達にとっても同じように、永遠の模範となるだろう。私達の行動が正しかった事、自分の命を賭けて世界をボリシェヴィキから守ろうとした事は、何時の日か全世界が認めるであろう。何時の日かそれは、永遠に歴史に刻まれる事になろう」。ゲッベルスの話はいつも、「名誉」、「いかに死に」、「いかに総統に忠実であるべきか」、「歴史の項の上に、聖なるものとして末永く光り輝く模範」についてであった。ライチュが見たところ、ゲッベルスの演説はいかにも芝居がかっていて、中身の無い軽薄なものに聞こえた。昼夜違わず、隣から聞こえてくるこの演説を聞くたび、ライチュとグライムは、「あれが、我が国を指導していた人達なのか」と悲しげに首を振るのだった。


ゲッベルス夫人マクダは、時にさめざめと泣き出す事はあったが、ほとんどの場合、自制心を失う事は無かった。彼女がいつも心配していたのは、13歳から4歳までの6人の子供達の事であった。マクダは子供達の前では常に優しく、陽気に振舞っていた。しかし、彼女は、滅び行く第三帝国に殉ずる事を決意しており、帝国が存在し得ないならば、子供達も連れていく心積もりであった。それが、敗北の後に襲ってくるであろう、災厄からの救済の道だと考えていた。マクダは、その時が来て決心が鈍ったなら、ライチュに力添えをしてくれるよう頼んだ。ゲッベルスの6人の子供達は、薄暗く、絶望的な雰囲気が漂う地下壕において、唯一の明るい光であった。地下壕に住む皆が、子供達に気をかけ、彼女らがなるべく快適に過ごせるよう努力していた。ライチュも子供達の前で、飛行機についての話や、自分が訪れて来た場所や外国の国々についての話を聞かせた。マクダは、そんなライチュに感謝していた。


ヒトラーの愛人、エヴァ・ブラウンは美しい女性であったが、知的水準はあまり高くないように感じた。それでもヒトラーにあくまで忠実で、献身的であった。柔和で政治に口出しせず、相手に合わせる事の出来るエヴァは、ヒトラーに安息を与える存在だった。4月15日、エヴァは、ヒトラーと運命を分かち合うために、ベルリンにやってきた。ヒトラーからは立ち去るよう命令されたが、エヴァはこれを拒否して居残った。彼女は、自身の時間のほとんどを、爪を磨いたり、服を着替えたり、髪を整えたりして、女としての身繕いに当てていた。ヒトラーがいる所ではいつも魅力的で、彼がくつろげるよう最大限、気を使っていた。


しかし、ヒトラーがいない所では、彼を見捨てた恩知らず共をみんな殺すべきだと語った。エヴァによれば、唯一良いドイツ人とは、今この瞬間、地下壕にいる人々だけで、その他の人々は、総統と共に死ぬためにここにいないと言うだけで皆、裏切り者なのであった。ライチュによれば、彼女の言う事は何もかも子供じみているように感じた。そして、エヴァは常々、「可哀想な、可哀想なアドルフ。皆が彼を見捨てて、皆が彼を裏切った。彼が失われるくらいなら、他の何万人が死んだ方が、ずっとドイツの為になるわ」と口にしていた。


ヒトラーの側近で、その取次ぎ役として権勢を振るっていたボルマンは、地下壕ではほとんど動く事なく、いつも自分の机に向かっていた。そして、今この瞬間の出来事を、未来の世代のために記録すべく、一つ一つの発言、行動を日記に記していった。ヒトラーと接見した人物があれば、人々のもとを訪れ、その会話の正確な内容を尋ねた。そして、地下壕で起こった出来事を細大漏らさず、記録にしていった。ボルマンによれば、その記録によって、ドイツ史の最も偉大な各章の間に、己の場所を占める事が出来るからであった。(ボルマンは非常に権力欲旺盛な人物で、ドイツが末期的状態にあっても、尚も権力の独占を目論んでいた。去る4月23日、ゲーリングが、「総統の行動の自由が奪われたなら、私が指揮権を引き継ぐ事を了承してくださいますか?」とベルリンに電報を送ったところ、ボルマンは彼を陥れるべく、反逆を企てているとヒトラーに吹き込んだ。これをヒトラーが信じた結果、ゲーリングは解任されたのだった。 )





↑ソ連軍によって包囲されるベルリン





↑パンツァーファウストの訓練を受ける婦人 ベルリン戦の一こま




↑国民突撃隊 ベルリン戦の一こま

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