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秘書が見たヒトラー 3

2016.10.30 - 歴史秘話 其の二

ソ連軍は恐ろしい勢いで、東から迫っていた。彼らが占拠した村からは、略奪、強姦、虐殺といった、身の毛もよだつ報告が上がってくる。ヒトラーは、「奴らは人間じゃない。アジアの平原から来た野獣だ」と罵ったものの、ドイツ軍は追い込まれる一方であった。そして、1944年11月初旬、ソ連軍が目前まで迫ってきたため、ヒトラーは東プロイセンの狼の巣を引き払わねば、ならなかった。そして、ベルリン行きの特別列車に乗り込んだ時、ユンゲは、心から愛した東プロイセンの景色に永遠の別れを告げた。ヒトラーもまた、別れの感傷に浸っている。ひどく気落ちして、昼食時になっても、ぼんやりと一点を見つめるばかりであった。やがて、列車はベルリンに到着し、ヒトラーは総統官邸に入った。だが、ヒトラーは西部戦線の指揮を執るため、ドイツ西方のタウヌス山地にある鷲の巣に向かうつもりだった。そして、1944年12月16日、ドイツ軍は、西方のアルデンヌからアメリカ軍に大攻勢をかける。ユンゲはクリスマスに休暇を取ってから、1945年1月10日、タウヌスの鷲の巣に着いた。


ヒトラーは、総統防空壕で熱気の帯びた作戦会議を行っており、夕方になってやっと姿を現した。ベルリンにいた時よりかは元気になって、生き生きとしていた。そして、ここでも夜のお茶会が開かれ、政権初期の頃、高速道路建設の際の思い出話に花が咲いた。この晩の会話はたいそう弾み、ヒトラーには、心配事など何も無いといった感じであった。しかし、彼をよく知る人々は、こんな話で気を紛らわし、日々刻々と伝えられてくる、国土や人、物の喪失から目を逸らそうとしているのが、分かるのだった。1945年1月15日、ヒトラーは再び、ベルリンへと舞い戻った。総統官邸の庭園には、鉄筋コンクリート製の巨大な地下壕が作られていた。この地下壕は空襲時の一時的な滞在のために作られたものであったが、官邸が空襲の被害を受けてからは、ここがヒトラーとその幕僚の居住地となった。コンクリートと鉄の扉で守られた堅固な施設であるが、人が住むには余りにも重々しい空間でもあった。


1945年1月25日、西方におけるアルデンヌ攻勢は失敗に終わり、連合軍はライン河に迫りつつあった。同日、東方のソ連軍もオーデル河に達し、ベルリンまで約70キロの地点に立った。戦争は、最終局面を迎えようとしていた。4月19日には、ベルリンを守る最後の防衛線、ゼーロウ高地も突破され、ソ連軍を阻むものは何も無くなった。そして、4月20日、ソ連軍の最初の戦車隊がベルリン近郊に現れ、砲火の轟きが総統官邸にまで聞こえるようになった。そんな最中、ヒトラーは56歳の誕生日を迎えた。ゲーリング、ゲッベルス、リッベントロップ、ヒムラーといったナチス高官達が現れて、ヒトラーと握手を交わし、お祝いの言葉を述べた。そして、皆、口を揃えて街を出るよう促した。だが、ヒトラーは、あくまでベルリンに留まるとの決意を変えず、官邸の庭園でヒトラーユーゲントの少年達に勲章を授けていた。それは、ベルリン中の老若男女を、戦火の渦に巻き込む事を示唆していた。


ユンゲら女性達も、「ベルリンを出てはいかがでしょう」と勧めたものの、ヒトラーは、「いや、それは私にはできない」と答え、続いて、「ここベルリンで決定戦に持ち込まねばならない。さもなければ破滅するかだ!」と述べた。ヒトラーは最早、勝利など信じていなかった。女性達も以前から薄々、感づいてはいたが、それでも信じたかったし、すがりたかった。ところが、ついに本音を、真実を聞いたのだった。同じテーブルに付いていた女性達は沈黙し、ヒトラーは早々に立ち上がって、部屋へと去った。誕生祝いはお開きとなり、飲んだゼクト(発泡ワイン)も気の抜けた味となった。その時、エヴァが皆に声をかけて、踊ろうと言い出した。そして、通りすがりに出会った人々を皆、引き連れると、地下壕を出て、二階にある昔の居間へと向かった。仕事の鬼のボルマン党官房長官や、太っちょのモレル医師も加わる。レコードが流され、シャンパンを飲み、甲高い笑い声を上げて、ダンスをした。皆、心の中の不安を脱ぎい去るべく、踊り狂った。この日の夜、ゲーリングを始めとするナチスの高官達は車列を作って、ベルリンを去っていった。


4月22日、朝から晩まで砲火の轟きが聞こえるようになった。この日、ヒトラーを囲んで戦況会議が開かれたが、現状のドイツ軍の戦力では反撃すら行い得ないと聞かされた。すると、ヒトラーは激高して、「この戦争は負けだ!その罪は軍人共にあるのだ!」と叫んで、散々罵った挙句、茫然自失して椅子に座り込んだ。女性達が会議室に呼ばれて入ると、ヒトラーは無表情で虚ろな目をして立っていた。そして、これまで女性達には決してしなかった、命令口調でがなりたてた。「みんな早く着替えるんだ!1時間後に君達を南ドイツに運ぶ飛行機が出る。何もかもお終いだ!もはや万策尽きて、望みようも無し!」。女性達は、こわばって動けなかった。最初にエヴァの硬直が解け、ヒトラーの前に進み出た。そして、両の手を握り、微笑みながら、「あなたも御存知じゃないの。私があなたのお傍に残る事を。私はいかないわ」と話しかけた。すると、ヒトラーの目の奥が輝きだし、今だかつて誰にも見せなかった事をやってのけた。ヒトラーが、エヴァに口づけをしたのだ。


ユンゲはここを出たかったし、死にたくもなかったが、絶望し、打ちひしがれた孤独な男に、ユンゲもまた強い憐れみと同情を覚えていた。そして、「ここに残ります」と言ってしまった。ヒトラーは足を引きずるようにして、将校達の所へ行き、「諸君、なにもかもお終いです。私は時がくればピストルで自殺します。行きたい者は行ってよろしい。全員自由です」と告げた。沈黙のまま別れの挨拶をして、将校達は次々に地下壕を出ていった。ヒトラーは自室で、破棄せねばならない書類を引っ張り出して整理を始めた。ゲッベルスが家族を伴って、宣伝省の防空壕からやってきた。5人の女の子と1人の男の子は天真爛漫で、部屋をおもちゃで一杯にした。子供達は、ヒトラーおじさんと一緒に遊んだり、話したりするのが好きだった。


4月23日、シュペーアがひょっこり姿を見せた。エヴァは手を差し出しながら、「私、おいでになることを存じていました。総統を1人ぼっちになさる方ではいらっしゃいませんもの」と言ったが、シュペーアは苦笑いを浮かべるのみだった。シュペーアはヒトラーと話をもったが、会話の内容は不明で、その後、ベルリンを去った。この夜、ゲーリングから、「私が総統の地位に付いても宜しいか」との電報が入った。ヒトラーは無気力の極みで、それを聞いても無関心であったが、ボルマンが、「これは反逆行為です」と吹き込むと、急に怒りだして、直ちにゲーリングを解任した。ヒトラーは茫然自失の状態であったが、取り巻き達は、何とか元気つけようとして、エルベ河東岸に陣取っているヴェンク第12軍に目を付けて、これに望みを繋ぐよう必死に説得した。それを受けて、ヒトラーは次第に意欲を取り戻し、作戦の指揮を執りだした。しかし、ソ連軍の勢いは止まる事なく、4月24日には、ベルリンを完全に包囲する。


4月26日、女性飛行士ハンナライチュとグライム空軍大将が、シュトルヒ連絡機に乗ってやってきた。彼女は、ヒトラーを無条件に崇拝しており、彼とその理念のためには、死の犠牲さえ厭わない、狂信的、熱狂的な覚悟に燃えていた。ライチュが、ゲッベルスの子供達の話し相手や遊び相手となった。ゲッベルス夫人マクダには、もう子供達と平静に向き合う気力が残っていなかった。ゲッベルス夫妻は子供諸共、死ぬ覚悟を秘めていた。そんな思い詰めた彼女が、子供達と一緒にいるのは大変な負担となっており、その度、後で泣き崩れていた。子供達は無邪気に過ごしていたが、最年長のヘルガだけは、大人達のまやかしを感じ取って、物憂げな表情をしていた。ユンゲは、子供達を生かせる道はないかと、マクダと話し合いをもった。それに対してマクダは、「うちの子達は、恥と嘲笑の中で生きていくよりも、死んだほうがましなのよ。戦後がどうなろうとも、ドイツという国にうちの子供達の生きる場所はないわ」と述べるのだった。


昼も夜も分からない地下壕の生活を続けていると、今、何日なのかも分からなくなってきた。絶え間ない砲撃によって、安眠出来る日も無かった。地下壕の長い廊下には、疲れ切ってぼろぼろになった兵士達が横たわっていた。大部屋の1つは手術室となって、次々に負傷者が運び込まれ、バケツは切断された手足で一杯となった。ヒトラーは禁煙主義者であったが、この段階に到っては誰も守ろうとはせず、総統が近くにいようがいまいが、皆、そこら中で煙草を吸いまくった。エヴァですら吸っている。規律は弛緩し、あちこちに酒瓶が転がり、ヒトラーが側を通っても起立せず、喋り合ったりしていた。食事時、何を食べているのか分からないまま、どうすれば確実に死ねるだろうかとの会話がなされた。ヒトラーは、ヒムラーから青酸カリ入りのカプセルを10個、受け取っていた。そして、ヒトラーが青酸カリを使えば、数秒の内に死に至ると説明すると、ユンゲとクリスチアン夫人はそれを頼んでもらい受けた。ソ連軍に捕まれば、女性は酷い目に遭わされると噂されており、そうなれば死こそが救いだと思えたからだ。ヒトラーは、「お別れにもっと良い贈り物ができなくて、本当に残念です」と言って、手ずから青酸カリのカプセルを渡した。


ヒトラーは、部屋から部屋へと彷徨い歩いている。かつては年齢よりも若く見られ、鋭い眼差しに力に溢れた動作、獅子吼とも呼ばれた舌鋒をもって、絶対的な独裁者として君臨した。しかし、今は打ちひしがれた老人そのもので、虚ろな目に不自由な動作、言葉は弱々しく、その権威も地に落ちていた。ユンゲは、彼がなにを待っているのか、どうしてけりをつけないのか、理解に苦しんだ。そこで、「あのう、総統閣下ご自身が軍隊の先頭に立って、戦死される事をドイツ国民が期待しているとは、お思いになりませんか」と聞いてみた。最早、総統とは何でも話せた。すると、ヒトラーはさもけだるそうに、「私はもう肉体的に戦える状態ではない。私の手は震えて、ピストルが握れないくらいだ。もし私が負傷したとしても、撃ち殺してくれる部下さえ見つからないだろう。どんな事があっても、私はロシア人の手にだけはかかりたくないんだよ」と答えた。それは本当で、ぶるぶる震える手でフォークを口に持っていき、歩く時も床に足を引きずっていた。


エヴァはいつもと変わらず、朗らかに過ごしていた。けれどもある時、ユンゲの手を取ると、「ユンゲさん、私、本当はものすごく怖いのよ。早く全部終わってくれれば良いのに!」と打ち明けた。その目には、苦悩がありありと浮かんでいた。エヴァは、義弟のフェーゲラインが失踪した事を気にかけていた。やがて、フェーゲラインは愛人宅で泥酔していたところを、取り押さえられる。4月28日夜、ヒムラーの裏切りが発覚すると、フェーゲラインもその関係者と見なされて、死刑判決が下された。エヴァは、ヒトラーにかけあって助命嘆願をしたが、無駄だった。フェーゲラインは外務省の中庭で銃殺され、エヴァは泣き腫らした。皆がヒトラーの最後の決断を待って、じりじりとした時間を過ごしている。勤勉なボルマンやゲッベルスも、最早、何もする事が無い。従卒、副官、職員らもその時を待ちかねている。皆、地下壕から出たがっていた。頭上で鳴り響く轟音を聞きながら、座り込み、煙草を吹かし、無駄話をしながら、やり切れない時間を過ごした。




↑総統官邸




↑総統官邸の空中俯瞰図

赤い図が、総統地下壕のあった所。総統官邸は巨大な建造物だったが、地下壕は比較的、小さな閉鎖空間だった。




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