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スパルタクスの乱

2010.11.01 - 歴史秘話 其の一
紀元前一世紀の古代地中海世界、唯一の超大国としてローマ帝国が君臨していた。当時のローマは、世界で最も洗練された文明の一つであった。だが、そのローマの繁栄は、多くの奴隷の苦しみの上に成り立っているものだった。紀元前一世紀、イタリア半島には、600万~700万人の市民が存在していたが、奴隷の人口も200~300万人に達していた。奴隷の人種は様々で、戦争で捕虜となって、奴隷市場に売り飛ばされた者が大半を占めていた。奴隷であっても医者、建築家、教師などの特殊技能を持った者は厚遇された。こういった上層の奴隷の中には開放され、資産を得て一般市民になる者もいた。しかし、その反面、農場や鉱山で働く下層の奴隷ともなれば、過酷な労働を課せられ、人間としての扱いは受けられなかった。そして、当時の奴隷の多くがそのような下層に属していたのだった。


下層奴隷の中には、剣闘士として戦う運命を課された者達もいた。当時のローマでは、剣闘試合が度々催され、人々の最大の娯楽となっていた。剣闘士として選ばれるのは、肉体的に屈強な奴隷である。彼らは訓練施設に送られると、剣闘士としての養成を受けた。そして、彼らは剣を手に取り、まさに命懸けの興行を演じるのだった。剣闘士の戦いは一対一が基本で、用いる武器は様々である。真剣をもって戦う以上、死人が出るのは当然だったが、負けた者が必ず死ぬとは限らず、良い戦い振りを示せば、観客の支持を受けて一命を許された。しかし、敗者が無様な戦い振りを見せようものなら、観客は親指を下に向けて罵声を浴びせかけ、容赦無く死を求めた。


紀元前73年、そのような下層に生きる剣闘士の不満が爆発する事件が起こる。イタリアカプアの町にある剣闘士養成所から、自由を求めて70人余の剣闘士が脱走したのである。この剣闘士達を率いていたのは、スパルタクスと云う男だった。スパルタクスはトラキア(バルカン半島東部の地域)出身の奴隷で、人並み優れた勇気と知恵を有し、卓越した指導力も兼ね備えていた。スパルタクスら70人余の剣闘士は、ナポリ近郊にあるヴェスビオ山に立て篭もると、周辺の農村を荒らし回りつつ、同じ境遇の奴隷達の参加を募った。ローマもこれに対し、3千人もの討伐隊を送り込んだが、少数のスパルタクスらの奇襲攻撃を受けて惨敗を喫した。このローマ軍敗れるの報は、瞬く間に周辺に広がり、付近の農場で過酷な労働を課せられていた奴隷達はこれに勇気を得て一斉に蜂起し、スパルタクスの居るヴェスビオ山へと向かったのである。


奴隷軍の規模は一挙に大きくなり、ローマも事の重大さを実感した。そこで、今度は2個軍団(約1万2千人)を送り込んだが、またしてもスパルタクスの前に敗北を喫した。ローマ軍は地中海最強であり、数的劣勢であってもその錬度と戦術によって幾度となく強敵を撃ち破ってきた精鋭である。そのローマ軍1万2千人の内、逃げ延びたのは、僅か数人であった。これでスパルタクスの名は全イタリアに響き渡り、奴隷どころか下層のローマ人まで参加するに至り、その人数は7~10万人余に達した。だが、これだけの人数が一箇所に集まると、食料の配給や全体の統率にも重大な支障を来たしてしまう。そこで奴隷軍は効率よく集団を運営するため、スパルタクス率いる本隊と、副頭目のクリクスス率いる別働隊とに分離した。この二つの集団はそれぞれ、食料を求めて各地を収奪して回ったが、ローマ軍に対しては共闘する事を約していた。


紀元前73年冬、イタリア南端のトウルィで奴隷軍の本隊と別働隊は合流すると、そこで冬営に入った。そして、ローマ軍との戦いに備えて、武器製造と訓練に励んだ。この時、スパルタクスは、捕虜としていたローマ兵に剣闘試合をさせて復讐したと云う。紀元前72年春、奴隷軍の中で、これからの進路についての話し合いがもたれ、その結果、北に向かってアルプスを越え、そこからそれぞれの故郷へと帰ろうとの結論に達した。これを受け、奴隷軍は再び本隊と別働隊とに分かれて北上を開始する。一方、ローマは断固として反乱を鎮圧する決意を掲げ、スパルタクスとクリクススらに向けて、それぞれ2個軍団ずつ差し向けた。別働隊のクリクススら3万人余は、ローマ軍2個軍団に追い詰められ、やがてその軍諸共、全滅してしまう。


一方、スパルタクスは4万人余を率いて、アドリア海沿いに北上を続けていたが、その途上でローマ軍に追いつかれてしまう。スパルタクスはローマ軍4軍団(約2万4千人)が合流する前に各個撃破を狙い、まず、クリクススを破ったローマ軍2個軍団を撃破すると、返す刀でもう2個軍団のローマ軍をも撃ち破った。スパルタクスら奴隷軍は数こそ多いが、女、子供、老人等も含まれており、装備や訓練も満足には施されていない。その軍が、装備も訓練も行き届いていたローマ軍を撃ち破ったのである。スパルタクスの卓越した統率力、軍才を見せ付けた戦いであった。


スパルタクスは、さらに北イタリアに駐屯していたローマ軍をも撃ち破り、ついに北への道を切り開いたのである。後は、アルプスを越えるのみであった。しかし、ここに来てスパルタクスら奴隷軍は、何故か、進路を南に変更する。その理由は定かでないが、女子供を引き連れてのアルプス越えは困難だったので、イタリア南部まで進んで、そこからキリキア(トルコ南部)の海賊に頼んで小アジア(トルコ)に運んでもらおうと考え直した、または、未開の貧しい土地に戻るより、豊かなシチリア島に渡ろうとした、とも云われている。


いずれにせよ、スパルタクスら奴隷軍はイタリア南端部を目指す事になったが、それは再びローマ軍と戦わねばならない事も意味していた。奴隷軍は略奪をしつつイタリア半島を南下し、シチリア島を目の前にした、メッシーナ海峡まで達する。だが、そこに奴隷軍が待ち望んでいた、海賊の船団は現れなかった。そして、それに代わって現れたのが、ローマ軍8個軍団、5万の大軍であった。最早、ローマはスパルタクスと奴隷軍を無視できない重大な脅威と断じ、総力を挙げて殲滅に取り掛かったのだった。ローマ軍は奴隷軍を包囲せんとし、一時は網の中に追い込んだが、スパルタクスらはこれを強行突破して、危地を脱した。そして、奴隷軍は海路から脱出せんと、港湾都市ブルンディシウムを目指したが、そこにもローマ軍が上陸したとの報を受ける。


前後に敵を迎え、進退窮まったスパルタクスら奴隷軍は、ローマ軍と戦わざるを得なくなった。そして、活路を見出すべく、背後のローマ軍8個軍団との決戦に臨む。一方のローマ軍の方でも、今度こそはと国家の威信を賭けて戦いに臨んでいた。両軍しばしの対峙の後、戦端が切って開かれた。奴隷軍はこの決戦に勝てば、今度こそ自由への展望が広がると信じて、突進する。第1戦は、勢いに勝る奴隷軍の勝利に終わった。だが、これは前哨戦であって、ローマ軍を瓦解に追い込むまでには至らなかった。ローマ軍の司令官は背を見せて敗走した中隊に厳罰を下し、600人の人数の内、10分の1の60人をくじ引きで選び、残りの540人が棒で叩き殺すよう命じた。これがローマ軍最大の厳罰、10分の1刑である。敗北すれば奴隷軍には死が待っており、ローマ軍も退けば過酷な刑が科せられる。こうして始まった第2戦は、奴隷軍、ローマ軍いずれも一歩も退けない激戦となった。


だが、いかに奴隷軍の戦意が高かろうとも、平原での決戦となれば、装備、訓練の行き届いたローマ軍に一日の長があった。奴隷軍が次第に劣勢に追い込まれてゆく状況を見て、スパルタクスは一か八かの賭けに出る。自ら騎兵隊を率いて、ローマ軍本営目掛けて突撃を敢行したのである。そして、見事、スパルタクスは本営付近まで斬り込み、さらに肉薄せんとしたが、乱戦の最中、ローマ兵に槍で太股を突かれて落馬してしまう。スパルタクスは負傷を堪え、尚も剣を振るって猛戦するが、殺到してきたローマ兵に取り囲まれ、ズタズタに切り裂かれてしまう。偉大な統率者を失った奴隷軍は総崩れとなり、4万人余の内、6千人の捕虜を除いて全滅した。


戦いは終わり、ローマ軍はスパルタクスの死体を確認しようとしたが、折り重なった死体の山の中にその姿を見出す事は出来なかった。捕虜となった6千人は十字架に張り付けられ、長い苦しみの果てに絶命していった。十字架の列はローマへと続く街道沿いに何処までも続き、見せしめとして朽ち果てた骸骨が数年に渡って晒された。これ以降、ローマでは奴隷の反乱は途絶え、その待遇は改善の方向に向かったとされる。だが、乱の源となった剣闘試合そのものは、衰えるどころか益々盛んとなり、人々は血の饗宴に熱狂した。剣闘試合が終焉を迎えるのは、5世紀まで待たねばならなかった。


 
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