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上月城 前

上月城は、延元元年(1336年)、播磨守護赤松氏の支族である上月氏が播磨国西部、佐用の地に築城したのが、始まりであるとされている。嘉吉元年(1441年)、嘉吉の乱に巻き込まれて上月氏が滅亡すると、その後は赤松氏の持ち城となって戦国に至る。やがて中国地方の雄、毛利氏と、畿内の覇者、織田氏の勢力が播磨の地で接触するようになると、この山間の小さな城はにわかに注目を浴びる事となる。


天正5年(1577年)10月下旬、織田信長は毛利氏との対決を見据えて、有力部将の羽柴秀吉を播磨に送り込む。秀吉は任地に入るや、播磨中を飛び回って、各地の諸領主を次々に支配下に収めていった。秀吉の精力的な働きによって、播磨の過半は平定され、残るは宇喜多氏の支配下にある播磨西端のみとなる。当時の宇喜多氏は毛利氏に従属していたので、この地は毛利氏の最前線に当たっていた。そして、
この播磨西端で一際、重要な城が上月城であった。上月城は備前、美作、播磨の三つの国の境目にある交通の要衝で、秀吉が中国地方に攻め入らんとすれば、何としても手に入れたい城であった。そして、 同年11月、秀吉は、上月城目指して進軍を開始する。


当時の上月城の主将は、宇喜多直家に属する赤松政範で、近隣の福原城と連携しつつ、秀吉軍に対抗する構えを見せていた。同年11月下旬、上月城は秀吉自らが主力をもって攻略に当たり、福原城の方へは竹中半兵衛と黒田官兵衛らの別働隊を差し向けた。秀吉軍が7日間休まず上月城を力攻すると、城兵は敵わずと見て、主将、赤松政範の首を取って降参を申し入れてきた。しかし、秀吉はこれを許さず、城兵全て撫で斬りとした上、捕虜とした女子供200人余を備前、美作の国境まで引っ立てて、悉く磔(はりつけ)にかけて晒したのだった。もう一方の福原城でも、城兵250人余が悉く斬り捨てられた。これらの過酷な処置は、周辺の諸領主に対する秀吉の脅しであった。


秀吉は攻略した上月城に、尼子氏の残党である尼子勝久、山中幸盛(鹿之助)ら7,8百人余を込めて守備を任せた。この時点で秀吉は播磨、但馬の大部分を支配下に収め、中国平定戦は順調に進んでいた。しかし、翌天正6年(1578年)3月、播磨最大の国人である別所氏が離反した事で、播磨平定は一からやり直しとなった。秀吉は直ちに三木城の封じ込めに取り掛かったが、ここで最も恐れていた事態が起こる。同年4月18日、毛利、宇喜多両軍がこの機に乗じて播磨に攻め入り、尼子残党が篭る上月城を囲んだのである。秀吉は三木城に押さえの兵を残すと、同僚の荒木村重と共に上月城の後詰めに向かった。


秀吉、村重軍1万人余は、上月城の北方にある高倉山に陣取って毛利、宇喜田軍3万人余と向かい合った。だが、秀吉軍は劣勢で手の出しようが無く、これから2ヶ月余り、ただただ遠巻きに上月城を見守る事しか出来なかった。万策尽きた秀吉は上洛し、信長の指図を仰いだ。だが、信長の出した命は、現実的で非情なものであった。上月城を見放し、三木城の攻略に専念せよとの断を下したのである。秀吉はこれに従うしかなかった。同年6月26日、秀吉、村重軍は高倉山の陣を引き払って撤退していった。上月城の将兵達はそれを見て、絶望に打ちひしがれた。


上月城の尼子残党は毛利軍に開城する事を決し、尼子勝久ら責任者の自刃をもって、城兵の助命を申し出た。同年7月3日、申し出は受け入れられ、まだ若い26歳の尼子勝久と、その嫡男で幼年の豊若丸も自害となった。尼子軍の主要人物であった山中幸盛は投降したが、危険人物であると見なされていたので、備中国高梁川、合の渡しにて斬殺された。山中鹿助幸盛、享年34か。この尼子主従の死によって、大名としての尼子再興の夢は閉ざされた。一方、かつての尼子家当主で、永禄9年(1566年)に毛利家に降伏していた尼子義久は客分として遇されており、その子孫は毛利家代々の重臣となっている。


落城後、上月城は廃城となった。この地を制した毛利、宇喜多両軍であるがこれ以上、進撃する事はなく、本国へと引き返していった。これで秀吉は一息入れる事が出来、以後、三木城の攻略に専念する事となる。翌天正7年(1579年)、宇喜多直家が離反した事から、毛利氏が播磨に関わる余裕は無くなった。戦闘の焦点から外れた上月城は急速に草木に埋もれてゆき、やがて忘れ去られていった。しかし、現在でも上月城周辺に目を凝らせば、包囲側の毛利軍の遺構や、それに対面する織田軍の遺構を見る事が出来る。それは、かつてこの地が織田、毛利の一大決戦地であった事を物語っている。そして、山麓にある尼子勝久と山中幸盛らを偲ぶ石碑が、今に尼子氏の悲運を伝えている。

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