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ドイツを目指した潜水艦「伊52」 其の三

(6月22日)、この日、伊52はドイツ潜水艦U530と会合して、レーダー逆探知装置を受け取らねばならない。大西洋は多数の連合軍機によって、常に監視されている。敵機の接近を事前に察知するレーダー逆探知装置を装備せねば、伊52のロリアン到着は望めなかった。そのため、この装置を受け取る事は最優先事項であった。伊52とU530は会合点付近の海域に到着したが、生憎、この日は両艦とも、お互いを見つける事は出来なかった。(翌6月23日午後20時20分)、両艦は無事会合に成功し、早速、レーダー逆探知装置がゴムボートで伊52に届けられた。そして、3人のドイツ軍人も乗り移った。


U530乗員の回顧、「あの日本潜水艦はとても大きくて、美しい艦でした。ゴムボートで運んでいた木箱を落してしまうと、すぐに日本の水兵がジャックナイフの形で飛び込み、木箱まで泳いで脇に抱えると、また泳いでそれを艦に引き揚げていました」。「伊52の艦長が、我々に向かって別れの挨拶をしました。彼らは彼らの針路に進み、我々は潜水しました」
 
その後、U530は現場海域から離れたが、ほどなくして伊52からのものと思われる戦闘音を探知する。伊52が攻撃されている模様であったが、会合自体は成功したのでU530はすぐに本国に無線報告しようとした。しかし、生憎、無線機の調子が悪く、すぐに発信する事は出来なかった。


(6月27日)、U530は無線機を直し、27日になって会合成功との無線を発した。会合成功との知らせを受けて、ドイツ駐在武官室には歓声が上がり、伊52の受け入れ準備を加速する。そして、フランス北部の戦況を伊52に伝えながら、ドイツ側と最終調整を進めた。ドイツ駐在武官は、伊52が早ければ7月25日にロリアンに入港すると推察し、日本に持ち帰る品々と便乗する人員を準備をした。乗艦予定者は27名、海軍の駐在員・技術士官、日本に赴任するドイツの軍人・技術者合わせて17名と、さらに陸軍の技術士官10名が乗り込む予定であった。


(7月30日)、伊52からと推定される信号QWFを受け取った。この信号は、指定された合流点に36時間で到着するというものである。(8月1日)、伊52を迎えるためドイツ護衛艦隊が出港し、午前4時と、午後23時にロリアン港外の指定場所で待機したものの、この日は合流する事は出来なかった。日本人一行も朝から到着をずっと待っていたが、引き返さざるを得なかった。日本人一行がいったん基地内に戻ると、そこは大混乱の極みにあった。フランス北部のドイツ軍戦線が破綻し、ロリアンは孤立しつつあったのだ。そこで、一行は包囲網に捕らわれる前にパリへと引き揚げていった。この後、ロリアンは1944年8月7日から1945年5月に降伏するまで、連合軍に包囲される事になる。


伊52からと思われるQWF信号は、8月1日にも何回か受信された。したがって8月2日にもドイツ艦隊は出港して待機したが、またもや合流出来なかった。(8月3日)、ドイツ海軍は伊52に向けて、「護衛艦は4日の午前4時30分に合流点で待つ。合流出来ない場合は理由を報告せよ」と発信し、ドイツ駐在武官も艦長宛てに直接、メッセージを送った。だが、返信はなかった。


(8月8日)、ドイツ駐在武官からの指令、「貴艦よりの連絡はないが、我々は無事を祈っている。急速に戦況が悪化しているため、ロリアンや他のフランス沿岸の港に入る事は危険になった。針路を変えてノルウェーのトロンヘイムかベルゲンに進め。貴艦の状況をできるだけ早く報告せよ」。しかし、伊52から返信が帰って来る事はなく、その消息は完全に途絶えた。


このQWF信号は、連合軍の発した偽の電文であった可能性がある。しかし、連合軍の行動を見ると、その推測とは矛盾する事が多い。誰が?何のために ?この到着信号を発信したのかは、現在でも謎のままである。だが、この謎の信号は、伊52が発したものでない事だけは確かである。彼らはこの時、無線を発しようがなかったのだ・・・


伊52はどうなったのであろうか?(6月23日)、伊52はU530と会合している時、アメリカ対潜部隊(護衛空母ボーグと5隻の駆逐艦)によって追跡されていたのである。暗号を解読しているアメリカ軍は会合点に対潜部隊を差し向け、2隻の潜水艦を葬り去ろうとしていた。23日、ボーグは夜明け前の午前3時から、4時間おきに航空隊を発信させて探索する。その内の1機、ジェシー・テイラー少佐が操縦するアベンジャー雷撃機はボーグの南西海域を探索していた。


月のない漆黒の闇夜だった。離陸から1時間半後、テイラー機はレーダースコープに僅かな反応を捉えた。八木アンテナを調整するとレーダースコープに小さな光点が輝いた。目標までの距離は約16キロであった。テイラー機は目標まで、1.6キロに近づくと、照明弾とソノブイを投下した。ソノブイとは当時の最新兵器で、海上に浮かぶブイに海中の音を捕らえるソナーを組み合わせた、画期的な潜水艦探知装置である。そして、このソノブイがとらえた音の強弱によって、潜水艦のおおよその位置を特定し、正確な攻撃を加える事が出来るのだ。


(午後11時45分)、テイラー機は目標まで1キロを切った時、再び照明弾を投下した。すると、そこには、これまでに見た事もない巨大潜水艦が浮かび上がった。それは、艦首と艦尾が異様に細く尖っており、ドイツのUボートとは違って、カモフラージュ用の塗装も表示もない真っ黒な潜水艦だった。潜水艦の上空を通過したテイラー機は旋回し、潜水艦の左前方に進んでから、左舷艦首に向けて直進する。そして、高度90メートルまで急降下しながら爆雷2個を投下した。


この時、潜水艦は急速潜航中であり、艦尾と艦橋だけが水上にあり、白い航跡を引いていた。爆雷の1発は艦橋の右6メートル付近に、もう1発は15メートル離れた場所で炸裂し、巨大な水柱が艦橋を覆い尽くした。テイラー機は2個目のソノブイを投下し、音を探ると大きなスクリュー音が響いてきた。まだ潜水艦は健在であり、海中を進んでいた。海面は爆発によって波立ち、潜水艦が潜航した後には渦巻きが出来ていた。


(11時47分)、テイラー機は急旋回し、この渦巻きに向かって、マーク24魚雷(スクリュー音を探知して自動追尾する最新魚雷)を発射した。魚雷投下から3分後、ソノブイ・レシーバーから恐ろしい爆発音が響いた。潜水艦に魚雷が命中したのだ。爆発音は1分ほど続き、スクリュー音は消えた。テイラー機は、万が一潜水艦が爆破を逃れた場合に備えて、現場を囲むように更に3つのソノブイを敷設した。しかし、5つのソノブイからはその後、スクリュー音を伝えてこなかった。潜水艦は沈没したのか?それともスクリューを止め、海中で息を潜めているのか?しばらく周辺海域を監視するため、護衛空母ボーグでは後続機を送る準備を進めた。


U530乗員の回顧、「会合して、木箱を伊52に引き渡した後、すぐに我々は潜水しました。いつ飛行機が現れても、敵艦が現れても不思議ではない緊迫した状況でした。敵が交信を傍受して、この会合を知っているのではないかと恐れていました。我々の艦長は何か情報をキャッチして相当神経質になっており、早く抜け出さなければ、と言っていました。出来るだけ早く、会合点から離れました。何分経ったか覚えていませんが、少しして戦闘音が聞こえました。高射砲で撃つような音でした。狙われたのは、我々が会合したばかりの伊52のようでした。その後、ブワーンという爆発音が何回か聞こえました」


U530はこの夜、2回にわたって敵機の接近を察知したが、その度、潜水して攻撃を逃れる事が出来た。そして、浮上と潜航を繰り返しながら、危険海域からの脱出に成功した。このU530は終戦まで生き残る。


伊52は攻撃を受ける前、レーダー逆探知装置を艦に設置して、調整を行っている最中であったらしい。乗り込んだシュルツェ二等兵・ベーレント二等兵・連絡将校シャーファー大尉がその作業を指導していた。しかし、装置のテストを行うため、伊52はしばらく浮上航行を続ける必要があった。完全に調整が終らなければ、敵機が近づいてきても敵のレーダー波を探知する事は出来ない。そこをテイラー機に襲われたのである。


照明弾の投下によって伊52は初めて攻撃に気が付き、急速潜航を試みたものの、重厚長大な艦体が災いして、伊52は短時間で潜航する事は出来なかった。最初の攻撃で至近弾を受けたが、幸い致命傷には至らなかった。ようやく海面下に姿を没した伊52は、潜航しながら逃れようとした。だが、海中での動きはソノブイによって克明に捕らえられ、そして、魚雷攻撃を受けたのである。まさか、敵機がスクリュー音を聞きながら攻撃を行っているなど、伊52の乗員には知る由もなかった。


ドイツ潜水艦Uボートは敵に音を探知される事を恐れ、エンジン音が響かないようにゴムの防音材を使用するなど、できるだけ静かに進む工夫をしていた。例えば、ドイツから日本に譲渡された Uボート (日本名、呂500)を日本側が調査した際、日本潜水艦と比べて、その特色を次の様に述べている。

「呂500で水中航行中、米機グラマンF6Fからの13ミリ機銃を受けたが、弾痕は残っても致命的にはならなかった。鋼材が良かったからであろう。全体的に性能は良く、搭載機器、回転機器の発生音が静かだった。艦内音が強いと水中聴音機が聞こえにくいのだが、その点有利であった。レンズ類はドイツツァイス製でこれも良質だった。襲撃用の二番潜望鏡は内筒だけが上下する油圧式で、操作が楽だった。受信機はドイツテレフンケン社の物、方位盤、魚雷発射指揮装置などはコンパクトにできていた。生ゴムなどの資源がないためか、配線は省略してある。食生活は日本の方が豊富で、水の消費量も日本の方が多かった」


しかし、日本潜水艦には騒音を減らすような工夫が欠けていた。伊30・伊8・伊29など、日本潜水艦がドイツに到着した時、ドイツ海軍関係者は、「こんな大きな音を立てながら、よく無事に到着したものだ」と変に感心したものだった。「日本潜水艦は、水中で太鼓を叩きながら進むようなものだ」とも言った。日本の最新潜水艦であった伊52も世界標準から見れば、旧式艦であったのかもしれない。だが、自動追尾魚雷・ソノブイなど最新技術を駆使したアメリカ軍によって、沈められたかに見えた伊52は損傷を受けながらも、まだ息があった。艦内では生き残るため、任務を完遂するため、乗員達は必死になって損傷修理をしていたと思われる。そして、伊52のスクリューは再び動き始めた。

終へ続く・・・
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