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摂津滝山城

滝山城は、兵庫県神戸市中央区にある山城です。



滝山城の正確な築城年代は定かではないが、南北朝時代の正慶3年(1333年)、赤松則村(円心)が、生田の布引の城に篭もったとの記述が「正慶乱離志」にあり、これが史料上の初見となる。だが、当時は砦の様な作りであったろう。これを大規模な山城に造り替えるのは、戦国有数の梟雄として知られている、松永久秀である。畿内の大大名、三好長慶は、摂津西部を押さえる拠点として滝山城を選び、ここに重臣の松永久秀を配して城を改修させた。縄張り(城の設計)をしたのは久秀であろう。本丸がある316メートルの最高所を中心として、郭(くるわ)を何重も連ね、更に当時としては先進的な石垣も一部、用いられていた。「細川両家記」によれば、弘治2年(1556年)7月10日、久秀は、主君、長慶を滝山城に招いて、歌舞音曲、千句会、能をもってもてなしたとある。


滝山城の麓には風光明媚な布引の滝が流れており、更に大きな居館なども築かれていたと思われ、それらをもって来賓をもてなしたのだろう。この華やかな宴が催された時こそ、滝山城の全盛期であった。しかし、永禄7年(1564年)7月4日、三好長慶が死去すると、三好家は、三好三人衆派と松永久秀派とに分裂して内戦が勃発し、滝山城もその争乱に巻き込まれる事となる。永禄9年(1566年)2月、三人衆派は、滝山城に攻撃を仕掛けるが、城の守りは固く、一度は撃退された。この時の城将は不明で、久秀が在城していたかどうかは定かではない。三人衆派はその後も包囲も続け、増援を受けて総攻撃を行い、同年8月17日、ついに城を落とした。滝山城の落城は、久秀の衰勢を決定付けるものであった。この後、三人衆派の篠原長房が城主として入った。


永禄8年(1568年)、織田信長が上洛を開始すると、三好三人衆はそれに敵対して、畿内各地で交戦状態となった。三人衆派は劣勢で京から追われ、更に一大拠点である摂津芥川山城も落とされるに到った。そのため、滝山城の長房は城を放棄して四国に撤退した。その後、滝山城は、信長の重臣で、摂津一国を任された荒木村重の持ち城となった。ところが、天正6年(1578年)10月、村重は摂津一円を上げて、信長に反旗を翻す。この時、本城の有岡城と重要な支城に戦力を集中するため、滝山城は放棄された模様である。しかし、織田軍は滝山城を接収すると、村重方の支城である、花隈城攻略の拠点として用いたようだ。天正7年(1579年)11月19日、村重は本城である有岡城を失うも、支城の尼崎城に拠って尚も抵抗を続けた。しかし、尼崎城も落ち、最後に残った花隈城も、天正8年(1580年)7月2日、織田方の池田恒興の攻撃を受けて落城するに到り、2年近くに渡った荒木村重の乱は終息した。そして、滝山城も役割を終える形となり、人知れず山林に埋もれていった。




摂津滝山城
摂津滝山城 posted by (C)重家

↑登り口

新神戸駅を正面から見て、一階、右側の通路を進んで行くと、ほどなくしてこの標識が出てきます。ここから滝山城へと登って行きます。



摂津滝山城
摂津滝山城 posted by (C)重家

↑郭(くるわ)跡

最初に出てくる郭で、本丸まではまだまだ距離があります。



摂津滝山城
摂津滝山城 posted by (C)重家

↑登山道脇の急傾斜

写真では伝わり難いですが、城の両側はかなりの急傾斜でした。



摂津滝山城
摂津滝山城 posted by (C)重家

↑郭跡

この辺りから、城の中枢部となります。所々で、石が散らばっていたので、昔は石垣が組まれていたと思われます。天正9年(1581年)、兵庫城築城の際、滝山城の石垣が、転用されたと云われています。



摂津滝山城
摂津滝山城 posted by (C)重家

↑堀切

深く、大きな切れ込みでした。



摂津滝山城
摂津滝山城 posted by (C)重家

↑郭跡

堀切からは、大掛かりな郭が連続します。久秀は三好氏の重臣として、この城を預かっていましたが、一家臣の城と言うより、大名級の居城の様に感じました。久秀の地位と、力の程が窺えます。



摂津滝山城
摂津滝山城 posted by (C)重家

↑本丸

奥の一段高い所に、石碑があります。



摂津滝山城
摂津滝山城 posted by (C)重家

↑本丸最高所

本丸周辺は樹木に覆われており、残念ながら、眺望はほとんど望めません。



摂津滝山城
摂津滝山城 posted by (C)重家

↑滝山城からの眺め

滝山城から下りつつ、布引きの滝へと進んでいくと、途中に樹木の切れ目があって、そこから神戸市街が見渡せました。神戸の港と、麓の街道を押さえる重要な城であった事が分かります。



摂津滝山城
摂津滝山城 posted by (C)重家

↑滝山城遠望



布引の滝
布引の滝 posted by (C)重家

↑布引の滝、雄滝(落差43メートル)

水量豊富な、美しい滝です。松永久秀や三好長慶もこの滝を眺めて、酒を飲んだり、歌を詠んだりして楽しんだ事でしょう。



布引の滝
布引の滝 posted by (C)重家

布引の滝、雌滝(落差19メートル)

雌滝は、雄滝より下流にあって、小振りで大人し目の滝です。


滝山城は規模が大きく、山城好きの人なら十分、楽しめるでしょう。それと、すぐ近くには見応えのある布引の滝もあるので、合わせて見る事をお勧めします。

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