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高野山金剛峰寺

高野山とは、和歌山県伊都郡高野町にそびえる千メートル級の山々の総称であり、そこにある金剛峰寺は高野山真言宗の総本山である。高野山は、弘仁10年(819年)、弘法大師こと、空海上人によって開かれた。以降、高野山は真言宗の聖地として栄え、足元の紀伊を始めとして、各国に荘園を持つ一大宗教勢力となった。そして、高野山は聖地と荘園を守るため、大規模な僧兵集団を揃えたので、時の権力者であっても容易に手を出す事は出来なかった。戦国の世を迎えても、高野山の経済力、武力は健在であったが、織田信長が近畿に台頭してきて、寺社勢力であっても自らに組み従えていかんとすると、これに敵対し、一触即発の状態となった。信長は高野山を滅ぼす決意を固め、その下準備を進めていたところに、本能寺の変が勃発した。高野山はこれで危機を脱したかに見えたが、次の天下人、豊臣秀吉にも睨まれて、圧力を加えられた。


同じ紀伊の一大宗教勢力であった根来寺、粉河寺は秀吉に逆らって、天正13年(1585年)3月に討滅されていたので、同じ轍は踏むまいと、高野山は領地を返上して、秀吉に屈服した。高野山は武装解除され、時の政権に組み敷かれる事となったが、その存続は保証された。次の天下人となった徳川家は、高野山を菩提所と定めて霊廟を建立すると、諸大名もそれにならって多くの墓所を設ける様になった。現在、高野山には、創建時の建物はもう残っておらず、再建されたものがほとんどであるが、その再建建造物も数百年から数十年の時を経ており、往時の雰囲気は偲ばせてくれる。また、奥の院参道に立ち並ぶ戦国大名の墓の数々は、周囲の杉並木の景観に溶け込んで、荘厳な雰囲気を漂わせている。高野山は、その歴史遺産と自然遺産をもって、平成16年(2004年)7月7日に世界遺産に登録され、日本のみならず、世界からも注目される所となった。


金剛峯寺

金剛峯寺 posted by (C)重家

↑金剛峰寺山門


金剛峯寺

金剛峯寺 posted by (C)重家

↑金剛峰寺

中では、狩野派の見事な襖絵の数々が見られます。また、ここでは、謀反の罪を着せられた豊臣秀次が切腹しており、その自刃の間(柳の間)が残されています。


金剛峯寺 東塔

金剛峯寺 東塔 posted by (C)重家

↑東塔

この塔は、昭和58年(1983年)の再建です。


金剛峯寺 不動堂

金剛峯寺 不動堂 posted by (C)重家

↑不動堂

建久8年(1197年)に建てられた国宝の御堂です。


金剛峯寺 根本大塔

金剛峯寺 根本大塔 posted by (C)重家

↑根本大塔

この塔は、昭和12年(1937年)の再建です。金剛峰寺で一際、大きく鮮やかな建物で、中には立派な仏像が祭られています。


金剛峯寺 西塔

金剛峯寺 西塔 posted by (C)重家

↑西塔

この塔は、天保5年(1834年)の再建です。


金剛峯寺

金剛峯寺 posted by (C)重家

↑蓮池


金剛峯寺 大門

金剛峯寺 大門 posted by (C)重家

↑大門

高野山の入り口にあたる門で、宝永2年(1705年)の再建です。

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