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竹生島

竹生島は琵琶湖北部に浮かぶ、小さな島です。この島は古くから神の住まう島として崇められており、雄略天皇3年(420年)には浅井姫命(あざいひめのみこと)を祭る小さな祠が建てられたとされています。現在、竹生島には宝厳寺と都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)という二つの寺社がありますが、ほとんど一体化しており、通称、竹生島神社と呼ばれています。この神社は戦国武将との縁が深く、織田信長、豊臣秀吉、浅井長政、朝倉義景とも繋がりがありました。



竹生島
竹生島 posted by (C)重家

↑竹生島神社全景

近江北部の戦国大名、浅井氏は竹生島を深く信仰しており、その中でも浅井久政(1526~1573)とその母、寿松は竹生島弁才天を篤く崇敬して、久政は永禄8年(1565年)頃に、寿松は永禄9年(1566年)6月15日にそれぞれ、弁財天像を竹生島に寄進しています。その二座の仏像は、今でも竹生島の宝厳寺に安置されているとの事です。


越前の戦国大名である朝倉義景も、元亀元年(1570年)頃に竹生島を参詣しています。訪問日は不明ですが、同年9月から12月にかけての織田信長との対陣、志賀の陣の際に訪問したと推測されます。そして、翌年、義景は源頼朝由来の名刀、菊一文字と刀の由来を記した書状を竹生島の大聖院に寄進しています。現存するその書状によれば、義景にとって竹生島参詣は長年の大望であったそうです。


竹生島
竹生島 posted by (C)重家



天正9年(1581年)4月10日には、織田信長も竹生島を参詣しています。この日、信長は小姓5、6人を引き連れて安土城を出ると、馬を駆って羽柴秀吉の居城である長浜城に赴き、そこから舟に乗って竹生島に渡りました。安土から竹生島まで片道15里(約60キロメートル)、往復30里(120キロメートル)の道のりでした。交通の不便な当時としては、片道15里でも1日がかりと考えるのが普通で、安土城で留守を預かる人々の多くも、信長は長浜城で一泊して帰るに違いないと思いました。そして、側仕えの女房衆は二の丸や、隣接する観音寺山の中腹にある桑見寺まで思い思いに羽を伸ばしに出かけました。日頃、厳格な専制君主に仕えて緊張の日々を送っている側仕えにとって、ホッとする一時だったでしょう。


ところが、そんな人々の思惑をよそに、信長はこの日の内に安土に戻って来て、城内の人々は慌てふためきます。そして、信長は、本来、城にいるべき女房衆が城から出払っているのに気付いて激怒し、桑実寺に対して、女房衆を縛り上げて即刻、差し出すよう命令します。桑実寺の長老は恐れ戦く女房衆に同情して、信長に慈悲を願いますが、それを受けて信長は益々怒り、なんと寺の長老ごと女房衆は成敗、すなわち斬り捨てられました。戦国の世は、ふとした油断が即、死に繋がる、そんな中を生き抜いてきた信長としては、側仕えの者共の規範破りと気の緩みが許せなかったのでしょう。この話は、信長の30里(120キロ)の道のりを1日で駆け抜ける果断な行動力と、その厳格で容赦の無い性格を伝えています。




竹生島
竹生島 posted by (C)重家

↑宝厳寺弁天堂




竹生島
竹生島 posted by (C)重家

↑三重塔




竹生島
竹生島 posted by (C)重家

↑片桐且元手植えのモチの木

片桐且元は豊臣秀吉の家臣で、その子秀頼の傳役(もりやく・ふやく)をしていた人物です。現在、国宝となっている観音堂の普請奉行として島にやってきた時に、この木が植えられたそうです。


竹生島
竹生島 posted by (C)重家

↑観音堂唐門


竹生島
竹生島 posted by (C)重家

↑舟廊下


竹生島
竹生島 posted by (C)重家

↑舟廊下

何故、舟廊下と呼ばれるのかと言いますと、朝鮮出兵時に秀吉の御座船として作られた日本丸の船櫓を転用して作られた事に由来しています。


竹生島
竹生島 posted by (C)重家

↑左手にあるのが山本山城で、右手奥には小谷城

小谷城は浅井長政の居城して知られており、その小谷城を支える重要な城が、山本山城でした。しかし、この城が織田信長に寝返った事により、小谷城の落城は決定的なものとなりました。


竹生島
竹生島 posted by (C)重家

↑伊吹山

近江の国は、古代より日本の戦乱の中心地でありました。伊吹山はその戦乱の数々を目撃してきた、歴史の証人です。




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