忍者ブログ

犬山城

犬山城は、織田信長の叔父にあたる織田信康が天文6年(1537年)に築城したのが始まりとされる。城は木曽川の畔にある丘上にあって天然の要害を成しており、また、木曽川の水運に加え、中山道と木曽街道を睨む事も出来る経済、交通上の要衝である。信康は、兄の織田信秀の良き協力者として活躍していたが、天文13年(1544年)、信秀に従って斉藤道三の居城、稲葉山城を攻め立てた際、逆落としの逆襲を受けて戦死した。その跡は嫡男の信清が継いで犬山城主となり、引き続き信秀を支援した。天文20年(1551年)、信秀が急死して信長が跡を継いでも両者の協力関係は続いていたが、永禄5年(1562年)、所領の分与を巡って信長との対立が深まると、信清は美濃の斉藤龍興と結んで反旗を翻した。しかし、信長の勢いは強く、信清方の支城は次々に落ちて孤立を深め、永禄7年(1564年)5月には居城の犬山城も落とされて、信清は甲斐の武田氏の下へ落ち延びていった。


信長は犬山城を占領すると、丹羽長秀を城番に置いて、ここから美濃国浸透を図る。犬山城は木曽川を挟んで美濃国に接する事から、重要な侵攻拠点として機能した。元亀元年(1570年)、織田家の部将、池田恒興が城主として入るが、天正9年(1581年)に摂津国へ転封され、代わって信長の五男、信房(勝長とも)が入った。天正10年(1582年)6月2日、本能寺の変が起きて信房が討死すると、尾張国は信長の次男、信雄の領域に加えられ、犬山城もその持ち城となった。
天正12年(1584年)3月、羽柴秀吉と徳川家康、織田信雄とが対立を深めると、美濃大垣城主となっていた池田恒興は羽柴方で参戦して、かつて知ったる犬山城に奇襲を加えて奪取し、これが開戦の狼煙となった。しかし、同年4月に起こった小牧・長久手の戦いで羽柴方は敗れて池田恒興は戦死し、同年11月に結ばれた和議によって、犬山城は信雄に返還された。


天正18年(1590年)、小田原北条氏の滅亡に伴って織田信雄は、秀吉から移封命令を受けたが、これを拒絶したため、かつての家臣筋である秀吉によって容赦なく改易された。それに代わって尾張の領主となったのは秀吉の養子である豊臣秀次で、犬山城には秀次の実父である三好吉房が入った。しかし、文禄4年(1595年)、秀次が謀反の疑いをかけられて自害すると、吉房も改易され、犬山城には秀吉の直臣、石川光吉(貞清とも)が入れられた。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは、光吉は西軍側で参戦するも、本戦は敗れて徳川家康に所領を没収された。慶長6年(1601年)、家康の家臣である小笠原吉次が犬山城に入れられたが、慶長12年(1607年)に平岩親吉に代わった。慶長16年(1611年)、親吉は死去するが、子が無く、嗣子断絶となった。それから6年間、無城主であったが、元和3年(1617年)に成瀬正成が犬山城主となり、そのまま明治の世まで成瀬家による統治が続く事になる。


明治の世を迎えると、櫓、城門などは取り壊されたが、天守閣だけは破壊を免れた。明治24年(1891年)に起こった濃尾地震によって天守閣は半壊してしまうが、明治28年(1895年)、その修復を条件に、旧藩主である成瀬正肥に無償譲渡された。昭和10年(1935年)、その価値が改めて見直され、国宝に指定される。犬山城は、明治から平成まで成瀬家による所有が続いていたが、平成16年(2004年)に財団法人犬山城白帝文庫に委ねられて、現在に至る。犬山城の最大の見所である天守閣は、1階と2階部分は慶長6年(1601年)に建築され、3階と4階部分は元和6年(1620年)に増築されたと見られている。天守閣は小振りであるが、最も古い形態を残している為、姫路城、松本城、彦根城と並んで国宝4城の一つとなっている。その古い天守に立つと、木曽川の優美な流れから、岐阜城のある金華山、遥か御嶽山までも望む事が出来る。


犬山城
犬山城 posted by (C)重家

↑犬山城

愛知県犬山市にある平山城です。


犬山城
犬山城 posted by (C)重家

↑犬山城近くで開かれていた朝市


犬山城
犬山城 posted by (C)重家

犬山城の開門は朝の9時なのに、6時にここに着いてしまいました。3時間も待つ気は無いので、外観だけの眺めになってしまいました。


犬山城
犬山城 posted by (C)重家

↑城内にある三光稲荷神社


犬山城
犬山城 posted by (C)重家



犬山城
犬山城 posted by (C)重家



犬山城
犬山城 posted by (C)重家

せめて間近から天守閣を眺められればと思っていましたが、天守閣へと繋がる門は無情にも閉じられていました・・・



犬山城
犬山城 posted by (C)重家

↑犬山城

木曽川対岸からの眺めです。次にここを訪れる時は、天守閣からの眺めを写真に収めたいです。




PR

Comment

TITLE:
NAME:
MAIL:
URL:
COLOR:
EMOJI: Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT:
Password: ※1
Secret:  管理者にだけ表示を許可する※2
※1 パスワードを設定するとご自分が投稿した記事を編集することができます。
※2 チェックを入れると管理者のみが見ることのできるメッセージが送れます。
 プロフィール 
重家 
HN:
重家
性別:
男性
趣味:
史跡巡り・城巡り・ゲーム
自己紹介:
歴史好きの男です。
このブログでは主に戦国時代・第二次大戦に関しての記事を書き綴っています。
 カウンター 
 アクセス解析 
 GoogieAdSense 
▼ ブログ内検索
▼ カレンダー
09 2017/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
▼ 最新CM
[06/16 田宮]
[05/25 重家]
[09/14 (名前なし)]
[05/14 重家]
[09/09 EMIKA]
▼ 最新TB
▼ ブログランキング
応援して頂くと励みになります!
にほんブログ村 歴史ブログへ
▼ Amazon