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備中高松城 後

備中高松城は、岡山県岡山市北区高松にあり、湿地帯の微高地に建てられた平城です。


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↑高松城全景




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↑高松城近辺の水田

かつて、この辺りが湿地帯であった事を偲ばせます


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↑高松城東方の山

秀吉の本陣が置かれていたとされる山です。



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↑資料館

高松城のすぐ近くにあります。


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↑水攻めの模型

資料館内にあります。これを見ると、大規模な堤防が築かれている様子が窺えますが、実際には堤防はもっと小規模であった模様です。また、高松城には5千人もの人数が篭っていたされる資料もありますが、これは誇張で、資料館の方に伺うと実際には千人程度ではなかったかと言う事でした。


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↑高松城本丸

かつて清水宗治らが、立て篭もっていた場所です。



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↑清水宗治の首塚

近辺の石井山に祭られてあったものが、明治時代になって高松城内に移築されました。


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↑清水宗治時世の句

「浮世をば 今こそ渡れ 武士の 名を高松の 苔に残して」


宗治の兄、月清入道の時世の句も載せておきます。

「世の中に 惜しまれる時散りてこそ 花も花なれ 色も色なれ」

実際には、下記の句を読んだのは宗治であって、上記の句を月清入道が読んだとの声があります。しかし、どちらにせよ、心に響くものを感じます。


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↑清水宗治自刃の地

宗治自刃の地は、高松城の駐車場から歩いてすぐの寺の近くにあります。


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↑ごうやぶ遺跡

宗治自刃の地のほど近くにあり、宗治を慕って自害した家臣を祭ったものであるとされています。こういうものが現在まで語り残されている事から、この出来事は史実であると思われます。


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↑ハスの花

このハスは、高松城で公園造成工事をしていた際に見つかった種が、自然繁殖したものです。宗治在城時に咲いていたものと推測され、約400年振りに花を咲かせました。このハスは宗治ハスと呼ばれており、清廉な武人、清水宗治を偲ばせます。
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