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一乗谷 2

一乗谷朝倉氏遺跡は、福井県福井市にある戦国期の遺跡です。




一乗谷
一乗谷 posted by (C)重家

↑下城戸

土塁と巨石で固められています。ここが、一乗谷の表玄関となります。


一乗谷
一乗谷 posted by (C)重家

↑墓地跡

かつてこの辺りには寺院があって、墓地が広がっていました。



一乗谷
一乗谷 posted by (C)重家


↑かつての町屋跡



一乗谷
一乗谷 posted by (C)重家

↑朝倉館跡

手前の川は一乗谷川で、その奥に朝倉館(義景館)があります。さらに、その背後の山には一乗谷城がありました。



一乗谷
一乗谷 posted by (C)重家

↑朝倉館跡

この唐門は、義景の菩提を弔うために建てられた松雲院(しょううんいん)のもので、豊臣秀吉寄進のものであると伝わります。



一乗谷
一乗谷 posted by (C)重家

↑朝倉館跡

歴代の朝倉氏が住まっていた所です。かつては、ここが越前の政治的中心地でありました。正面の山にも、砦群が築かれていました。



一乗谷
一乗谷 posted by (C)重家

↑湯殿跡庭園

朝倉館跡の背後の高台にあります。歴代の朝倉当主も眺めた事でしょう。



一乗谷
一乗谷 posted by (C)重家

↑南陽寺跡

右にある庭園には、かつて美しい糸桜が生えていた伝えられており、永禄11年(1568年)には、後の室町将軍足利義昭を招いて、ここで観桜の宴が催されました。その時には見事な伽藍があって、庭を眺めつつ華やかな宴が催された事でしょう。



一乗谷
一乗谷 posted by (C)重家

↑英林塚(朝倉孝景墓)

戦国初代、朝倉孝景(1428~1481)は、朝倉氏を興隆に導いた人物です。彼はここから、一乗谷の盛衰をどのような思いで眺めているのでしょう。


一乗谷
一乗谷 posted by (C)重家

↑諏訪館庭園

諏訪館は朝倉義景の妻、小少将(こしょうしょう)が住まっていた所です。この庭園は一乗谷遺跡の中で最も規模の大きなもので、小少将が義景に愛されて、大きな権勢を誇っていた事が窺えます。 しかし、義景が自刃した後、小少将は織田軍に捕らえられ、その子息で4歳の愛王丸共々斬られたと伝わります。

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